世界よ、愛しています

*32

「とりあえず、ネス君を探すのが賢明だと思う」

タンデム車の側車にて、吹き荒ぶ風に負けないよう声を張り上げてマルスが言った。

「ワリオの話だとあの森辺りで行方が分からなくなってるそうだが」

答えたのはアイクである。だいぶ機嫌も回復したらしい彼は、進行方向である広い森を見やった。マルスは頷いた。

「人形化したネス君を、ワリオ君から奪った者がいる。タブーに与する者の仕業なのか、或いは助けようとしてのことなのか、僕には分からないけれど…」
「人形化した人を集めて、どうするつもりだったんですか」

それまで黙ってマルスらの話を聞いていたリュカが、ワリオの後ろから顔を出して問うた。ワリオはげへへといやらしく笑った。

「そりゃ、お前、“影虫”で英雄のコピーを量産して、戦力にする為だ」
「影虫?」
「Mr.G&Wから抽出される優れモンでよ、無限に湧くこの物質で、あらゆるモノのコピーが造れるって寸法よ。出来たコピーは戦闘能力はそのままに忠実に命令を聞く手下!ワクワクするだろ?」

リュカはさあと顔を青くした。リュカ、とマルスがその名を呼ぶが、彼は聞こえない様子で更に続けた。

「…それじゃあ、あのポーキーは本物じゃなかったってこと…?倒したあとに溢れてきた、あの煤みたいなものが――」
「ちょっと待て、煤みたい、だと?まさか僕らがハルバードで戦ったあの兵士たちも、皆影虫から造られたコピーだっていうのか」

リュカの言にはっとした様子でマルスが問うと、ワリオはどこか得意げにふふんと鼻で笑って首肯した。マルスもまた、当時の光景を思い出してぞっとする。襲いかかってきた亜空の兵士たちは、皆体から不気味な黒い靄のようなものを立ち登らせていた。その時は深く考えもしなかったが、あれが影虫なるものだとすれば、彼らは虚構の大軍と戦っていたことになる。亜空軍は、個々では能力も低く取るに足らないが、物量的には無限大、圧倒的に英雄たちより勝っていたのだった。もし、仲間たちのコピーが量産されるようなことがあっては、誰が本物かの区別も簡単には付くまいし、亜空軍の戦闘力も飛躍的に向上してしまうだろう。
ただし、不幸中の幸いにして、タブーでさえも人形化以上の危害を英雄たちに加えることは出来ない。死の概念が存在しないこの世界では、人形化が実質的な死であり、取り返しの付かない事態というものはそうそう発生しないのだ。無論、それは世界がマスターハンドの統治下にある時のみに適用されるルールで、もしタブーがこの世界を支配するようなことになれば、そんなルールも当然無効となろう。結局、事は一刻を争う状態に変わりない。
さっそく目の前が真っ暗になりかけるのを、なんとか瞬いて振り払い、マルスは努めて明るい声を出した。

「…とにかく、ネス君がまだあの辺りにいる可能性は低いだろうけど、手がかりはそれしかない。きっと何かが――」
「マルス!!」

上空から鋭い声が響き、かと思えば急降下してきたリザードンの背からポケモントレーナーが慌ててマルスらを見下ろした。が、声を上げたのは彼の膝の上に収まっていたメタナイトだった。

「十時の方角に亜空の軍勢を確認した!誰かが追われているようだ」
「なに」

マルスは側車から身を乗り出して左斜め前方に目を凝らした。灼熱の荒野には陽炎が立ち上り、メタナイトの言う軍勢は確認できないが、確かに地平線を這うようにもうもうと砂煙があがっていた。

「冗談じゃない、さっさと逃げようぜ」

即座にワリオが提案する。が、マルスは首を横に振った。

「助けにいこう」
「馬鹿言うな!数の差を考えろ、俺様は行かねえぞ!!」

ワリオは頑なにそれを拒む。それも道理、敵方の内情を知るワリオだからこそ、直接一戦を交えるのは愚行と分かっているのだ。その上このタンデム車のハンドルを握るのはワリオである。彼が進路を決めねばバイクは進まない。
しかし、賢明な判断が必ずしも最適な判断であるとは限らないことをマルスは知っている。マルスはワリオの後ろでいつでもスタンバイOKなリュカに目配せした。

「リュカ、頼む」
「PKサンダー!!」
「あばばばば!!!」



かくて、一行は亜空軍に直撃する形で進路を取ったのだった。


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