世界よ、愛しています

*9

初めこそアイクを睥睨していた王子だったか、結局力無く俯いて言った。

「…たまには逃げさせてくれよ」
「お前は逃げてばかりだ」
「僕は…ッ」

王子は頭の中が瞬間的に真っ白になった。何も考えられず、ただ衝動の赴くままにアイクに頭突きを見舞う。さすがのアイクもそんな反撃は予想外だったか、まともに頭突きを喰らって仰け反った。
それを好機とアイクを突き飛ばし、王子は部屋の取っ手をひっ掴む。部屋に体を滑り込ませ、乱暴に扉を閉めた。鍵を掛ける。それでも興奮冷めやらず、扉越しに王子は叫んだ。

「君が何を知ってる!?君の知る僕が、僕の全てじゃない!」

扉の向こうから静かな返事があった。

「…確かに俺はお前を知らん。だが、知りたいと思ってる」
「そんなの…!」
「だから、教えてくれ。本当のお前を」

王子は扉の前に立ち尽くした。返答のしようがなかった。
王子が答えないでいると、アイクの足音が扉の前まで来て止まった。

「立ち上がれないのなら手を貸す。傷が深いのなら癒えるまで待つ。…だから、逃げないでくれ」

真摯なアイクの声に、王子は思わず扉を開けそうになる。それをなんとか思いとどまり、王子は掠れた声で囁いた。

「…卑怯で、意気地無しで、逃げてばかりの僕が、本当の僕だよ」
「マルス」
「僕は弱いんだ…」

強くて、自信家で、何でも出来るマルスは先の世界で死んだ。
アイクはしばし沈黙し、それから口を開いた。

「俺はお前が弱いとは思わん。だが、俺はまだお前の強さを知らん」
「…僕は」
「とりあえず、飯を食え。それからちゃんと寝ろ。せっかくの美人が台無しだ」
「びじ…はぁ?」

我を忘れて王子は聞き返した。何だか聞き捨てならない台詞が聞こえた気がする。アイクはしれっと続けた。

「綺麗な顔なんだ。包帯があったら勿体無い」
「ちょ…君、――って、え?!」

がチャリと重厚な音がして、扉の中で鍵の持ち上がる音がした。王子が触れてもいないのに、そのまま扉が廊下側に引かれ、王子は再びアイクと対面することとなる。
面食らう王子に、アイクが顔の高さにドアノブと同じ真鍮製の鍵を持ち上げた。合い鍵だろう。

「言い忘れてたが、今日からここは俺の部屋だ」
「え…え?」
「つまり、俺とお前は相部屋という訳だな」

よろしくな、と言いながら、アイクは王子を通り越して部屋の奥へと入っていく。王子はしばらく呆然と立ち尽くし、思い出したように叫んだ。

「えぇえええ!?」

***

アイクと相部屋になってからの王子は、不機嫌ながらも落ち着いていた。仲間との会話はないものの、とりあえず問題を起こすことはなく、アイクにしつこく言われたせいか、食事の席にもきちんと現れた。請われれば乱闘にも参加したが、彼の戦績は奮わず、自滅を選ぶことも多かった。
それでも、相変わらず王子のリンクに対する態度は剣呑で、仲間たちは王子とリンクが同じ部屋にいるだけでピリピリした。が、王子は表立ってリンクに突っかかることはせず、リンクも王子を挑発しなかった。

仲間たちは、そんな王子を敬遠するかといえばそうではなく、寧ろなんとか王子と交流を深めようと必死だった。特に子供たちは毎日王子とアイクの部屋を訪れた。
さすがの王子も子供相手に強く出れず、特にネスにはたじたじといった様子である。ネスは反対に先日の一件を根に持っているらしく、彼は常に噛み付かんばかりに吠えた。

ピットも、多く王子を見舞う一人であった。ピットは毎日部屋の前で女神パルテナの慈愛を説き、信仰の素晴らしさを語って聞かせた。それにはアイクの方がうんざりしてしまい、ピットが来るとアイクは席を外すようになってしまった。
そんなある日、説教が終わると、ピットが遠慮がちに扉をノックした。

「マルスさん、今日もご静聴頂きありがとうございます。ところで、少し散歩に出掛けませんか?」
「…そうだね」

既に包帯は取れ、傷も塞がっている。世界を認識する為の痛みが失せたことは辛いが、自分を傷付けると今の仲間たちが酷く悲しむこともまた王子には辛かった。
それでも今日はだいぶ気分が良かったので、王子はピットに請われるままに外に出た。

「こうしてマルスさんと歩くのは二度目ですね!」

ピットが王子の周りをくるくると落ち着きなく歩きながら言った。そうだね、と王子は再び頷く。ピットはこの世界に来てから新たに加わった仲間だ。かつての仲間ではない分、王子もいくらか落ち着いて話すことが出来た。

「この間、雨上がりに大きな虹が出ていたんですよ。天界ほどではありませんが、世界は美しい。パルテナ様にもお見せしたかったです」

ピットが空を仰ぐ。天使である彼が言うと崇高にすら聞こえるセリフである。王子が頷くと、ピットは嬉しげに羽を動かした。

が、突如響いた轟音に穏やかな散歩の時間は終わりを告げる。ピットは縮み上がり、王子は剣を抜いて音の原因を探す。
探すまでもなく、ごく近くの林から悲鳴が上がった。

「うあぁああ!」

「り、リンクさんの声です!」

ピットが叫ぶ。王子は駆け出した。慌てたようにピットが付いてくる。
王子が林に飛び込むと、木々が倒れ、緑が焼け、辺りは散々たる有り様だった。その入り口付近にリンクがうずくまっており、そこから遠くない場所に巨漢の魔王ガノンドロフが仁王立ちしていた。
何のことはない、先の世界では恒常的に行われていた“宿命の対決”である。

王子はリンクを見、ガノンドロフを見た。ガノンドロフもまた、王子の知る魔王とは装いが違っている。リンクと同様、彼もまた別人なのだろうと王子は思った。
口を挟むまでもない、と王子が帰りかけた刹那、ガノンドロフが口を開いた。

「貴様はこの小僧を倒したそうだな」

王子は歩みを止めない。ガノンドロフは続けた。

「貴様は“時の勇者”に並ぶか?」

王子は勢い良く振り返った。

[ 13/94 ]

[*prev] [next#]


[←main]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -