世界よ、愛しています

*28

「も、勿論だ!」

急き込んだ答がメタナイトから返る。が、アイクからの返答はない。身勝手な頼み事をしている自覚はある。このまま一蹴されても仕方ない態度を取り続けた。
マルスは恐る恐る顔を上げてアイクの表情を窺う。瞬間、アイクはマルスの肩を両手で掴み、珍しく掠れた声で言った。

「ずっと助けたかった」
「え」
「目の前でもがき苦しむお前を見ながら、何も出来ない自分がもどかしくてならなかった。己の無力が嘆かわしかった。…だが、俺にもお前にしてやれることがあったんだな…!」

アイクはそのままマルスの肩口に顔を埋めて縋るようにその細い体を抱いた。大きな体が不似合いにも震えている。
ぎこちなくマルスはその背をあやすように叩いた。ますます肩にかかるアイクの重みが増す。それが嬉しいやら気恥ずかしいやらでマルスが視線を泳がせると、メタナイトと目が合った。仮面の騎士もまた、どこか安堵の表情である。

「共に戦おう、英雄王」

メタナイトの言葉に、マルスは深く頷いた。

***

「さて、これからどうするかだが」

東の空が白んできた頃、焚き火に砂をかけて消火しているマルスとアイクに、不自然に突き出た岩場から二人を見下ろすメタナイトが言った。

「敵を追おうにも足がない。行方も知れぬ。どうしたものか」

マルスとアイクは顔を見合わせる。まず口を開いたのはアイクだった。

「とにかく進むしかない」

何の解決にもならない提案である。蒼炎の勇者はかつて一軍の将であったが、その才能が遺憾なく発揮出来たのは彼の優秀な軍師の采配のおかげであり、知略面において彼の貢献度はゼロに近い。マルスは慌てて続けた。

「索敵の必要はないだろう。何しろ向こうが僕を探してる。無闇に進んで体力を浪費するより、迎撃した方が得策じゃないかな」
「そうか」

メタナイトがようやく安堵したように頷く。残念ながら、アイクに計画だとか先見の明だとかいったものを期待することは出来ない。が、それを補って余りあるマルスの軍師の才である。
アイクは、マルスの提案にやや憮然とした表情を隠さなかった。

「待つのは性に合わん」
「アイクは少し黙ってて」

が、脳筋の我が侭は勿論聞き入れられない。しばしマルスとメタナイトは今後の方針を語り合った。

「追っ手が、尋問できるような奴ならいいんだけど」
「荒野やハルバードで襲ってきた雑兵共では話にならんだろう」
「またエインシャント卿に会えればいいんだけどなぁ。あれは割と話が通じる方だったし」
「もう爆弾は懲り懲りだ」
「…おい」

再びアイクが口を挟む。が、今度はマルスとメタナイトも彼の言葉に耳を傾けた。――地響きがする。アイクの発言は注意喚起だった。
アイクがまず走り出し、切り出した崖から身を乗り出して殺風景な荒野を見渡した。続いてメタナイト、マルスがそれに倣い、視線を眼下に広がる荒涼の地に落とす。

「あれを」

アイクが指差した先に、高速で移動する戦車のようなものが、砂煙を巻き上げながら荒野を爆走していた。すかさずその進行方向を確認すると、何やら古い建造物のようなものが見える。

「マルス殿への追っ手だろうか?」

メタナイトが足元で呟いた。

「さぁ。僕たちには気付いていないようだが…敵かどうかも分からないし――」
「なら、確認するまでだ」
「え」

マルスが言い終える前に、彼の眼前で赤い外套が翻った。アイクが、崖から飛び降りて正体不明の戦車に向かっていったのだ。制止する間もなく、一瞬の出来事である。

「…アイク殿には、打算や計略といったものは通用せぬらしいな」

どこか悟ったように言って、メタナイトもまたアイクのあとを追って崖下へと滑空していく。一人残されたマルスは、溜め息を吐きつつ、しかし今の状況をそこまで忌避していない。

「いいなぁ、この感じ」

小さく笑えば、追い風が彼を抜き去っていく。負けていられない、とマルスも勢い良く崖から飛び降りた。

遅れてマルスが崖下に降り立った頃には、アイクが戦車の前に立ちはだかって金の大剣を構えていた。意外にも戦車はアイクの前でピタリと止まる。
停止した戦車は、ぎしぎしとおぞましい機械音をたてて、みるみるうちにその姿を変形させていく。たくましい腕が生え、重厚な胸板を反らして戦車が立ち上がった。見上げる上背に陽光が遮られ、荒野に暗く影が落ちる。
ゴリラのような顔がぎろりと三人の剣士を見下ろし、耳障りな機械音が言った。

「捕捉対象確認、任務ヲ遂行シマス」

戦車のロボットは威嚇するように両腕を上げて雄叫びを上げる。剣士たちはお互いに顔を見合わせた。敵であるのは間違いない。
マルスとメタナイトは鞘から剣を抜き、アイクと揃って身構える。しゃん、と金属が空気を裂く音が響き、荒野に殺気立った温い風が吹いた。

それを合図にロボットが掲げた腕を振り下ろす。単調な攻撃は剣士を捉えることは無かったが、一撃で大地が割れ、ぐらぐらと一帯が揺れた。その巨体から想像される通りの馬鹿力である。
しかしマルスらは一切怯まなかった。それどころか笑みさえ浮かべて、噴き出す殺気を隠そうともしない。殺る気である。
並々ならぬ跳躍力で飛び上がったアイクが、ロボットの肩口から袈裟懸けに斬り付ける。メタナイトの高速の剣がロボットの顔面を強襲し、マルスによる足の関節への的確な一撃で、とうとうそれは地に膝を付いた。
瞬殺だった。
しかし、安堵する暇もなく、ロボットの目らしき部分が赤く点滅し、けたたましく警告音が鳴り響いた。再び剣士たちは身構える。が、ロボットは機械音でこう告げた。

「深刻ナ損傷ヲ確認、戦線ヲ離脱シマス」
「え」

言うなり、ロボットは再び変形し、戦車の姿に戻った。そしてそのまま走り去ろうとする。無論、剣士らの制止の声など聞くはずもない。

「逃がさんッ!」

即座に反応したのはメタナイトである。疾走していく戦車にしがみつき、戦車もろとも荒野の遥か彼方へと姿を消す。向かう先は、どうやら崖上から確認した遺跡らしい。
遅れて走り出したマルスとアイクは、全速力で彼らのあとを追うのだった。

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