世界よ、愛しています

*27

色々な情報を総括し、マルスは一つの結論を得た。まだ、タブーとの戦いは終わっていなかったのだ。タブーは単に狙うべき“創造の力”の在処を見失っていただけで、その追跡を諦めた訳ではなかった。
奇しくもその在処は、タブーが唯一逃がしてしまったマルスが握っていた。マルス本人がその器だということを知らないにせよ、何らかの鍵を握ることを嗅ぎ付けたタブーは、亜空からマスターハンドを使って世界へ侵攻を開始し、マルスを血眼になって探し始めたのだった。
この危急の事態にあって、クレイジーハンドが姿を現さなかったのも、そんなタブーの魔手をマルスから逸らし分散させるためだった。そうでなくても破壊神はこの世界に残された唯一の神。亜空において神以上の力を持つタブーと迂闊に相見えるのはあまりにリスキーだ。
世界は再び、存亡の秋を迎えようとしていた。
ならば、戦うまでだ。
まだこの命は、無駄に投げ捨てるよりも有意義な使い方が残されていたらしい。

「アイクの話の通り、僕は“違う世界”から来た。僕はそこで創られ、生き、死ぬはずだった」

アイクとメタナイトは口を挟まず、真剣な面持ちでマルスを見た。思わずマルスはごくりと生唾を呑む。これから話そうとしているのは、あの凄惨な事件の顛末だ。
そんなマルスの変化を敏感に察知したのか、アイクが「無理に話さなくていい」と囁く。が、マルスは首を横に振った。今話さなければ、いつ話すのか。きっとこの一歩が永遠に踏み出せずに終わってしまう。

「この世界は、“前の世界”ととてもよく似ている。大乱闘もあったし、勿論仲間たちも大勢いた。だから僕は、この世界に来たとき、“帰ってきた”と思った…」
「…それで…あの時……」

アイクが苦々しげに呟く。初めて二人が話したその日、マルスが屋敷を見渡して「帰ってきた」と言っていたことを思い出したのだ。マルスは続けた。

「僕たちは“方舟”に乗り、この世界へ来るつもりだった。そこでマスターから人形化の提案があって、こちらに着いたら僕たちも人形としてアップロードされるはずだった。でも」

マルスは言葉を切る。心臓が異常な速さで脈打つのが分かる。あの時の光景を思い出すと、胃が捩れるように痛んで吐き気がしたが、それも堪えて次なる言葉を絞り出した。

「それより先に、タブーの襲撃に遭った。タブーは…あれは…彼らを殺し…僕だけが…――」

重厚な甲冑の下で、マルスの細い体が震えた。
アイクが口を引き結んで小さく唸った。メタナイトの仮面の下から嘆息が漏れる。誰も何も言わない。かける言葉が見つからなかったのだろう。
幾度か深呼吸を繰り返し、若干の落ち着きを取り戻した王子は、しかし蒼白な顔で言った。

「マスターが駆け付けた時には、殆ど壊滅状態で…僕だけは方舟から投げ出され、この世界に逃げ延びたけれど、あとの皆は……」

創造神の力云々については、方舟から投げ出された時に意識が飛んで、まったく身に覚えはない。そう告げれば、メタナイトとアイクは声を揃えて仕方ないと答えた。
やや間を置いて、メタナイトが口を開いた。

「辛い話をさせてすまない。…礼を言う」

マルスはきょとんと目を丸くし、それからようやく苦笑を漏らした。

「タブーは僕を探してた。正確にいえば、僕に託されたらしい“マスターの力”を。…謝るのは僕の方だ。今まで散々迷惑をかけて、これからまた巻き込もうとしている…本当に、すまない」

マルスが深く頭を下げた。彼の頭頂に輝く金の王冠が焚火の明かりを受けて鈍く光る。彼は王族なのだ。本来ならば、このように他人に頭を下げるなど滅多なことがない限りしないだろう。
アイクは短く頷くのみだったが、寧ろメタナイトの方が狼狽して、あわあわと小さな手をぱたぱたと振った。

「いや、しかし、頭を上げられるがいいマルス殿。私は巻き込まれたなどと思っていない」
「俺もだ」

それまで黙っていたアイクが声を上げる。メタナイトの言葉を継ぐように、彼は続けた。

「俺は、自分から首を突っ込んだ。これからも突っ込むつもりだ。お前が嫌だと言ってもな」

反論は受け付けぬ、と言わんばかりにアイクは強い語調で言い切った。再びマルスは目を丸くし、しかし今度は堪えきれないというように吹き出した。
てっきりマルスの口から、否定的な言葉が出てくるものと思っていたアイクとメタナイトは、拍子抜けしたように王子を見詰める。
悪い、と一言詫びて呼吸を整えてから、マルスは言った。

「そうだね。今までの僕なら、巻き込みたくない、とか理由を付けて、君たちを突き放しただろう。でも、今回は違うよ」

マルスはアイクとメタナイトの両名を見詰めた。真剣な面差しは、今まで見たどの表情よりも真摯だった。

「こんな僕にも、まだ守るべき仲間がいる。守るべき世界がある」

再びマルスは頭を下げる。先よりも深く、縋るように。

「助けてくれ…僕はまだ、死ぬ訳にはいかないんだ…!」

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