世界よ、愛しています

*26

「ふ、ふはは」

地面に降りたっての王子の第一声は、笑い声だった。アイクとメタナイトが不思議そうにその横顔を見やると、彼ははぁ、と溜め息を吐いて項垂れた。

「情けないね、結局僕は死ぬ覚悟なんてなかった。必死に助かる術を探していたよ」
「…それでいい」

メタナイトがマルスの腰辺りを叩く。本人的には肩を叩いて慰めているようだった。うん、とマルスは小さく頷く。そして思い出したようにアイクの方を見た。アイクは思わず居住まいを正した。

「それよりも、アイク。君はクレイジーハンドに会ったと言っていたけど…」
「積もる話もあろうが、とにかくここでの長居は危険だ。安全な場所を探そう」

が、それはメタナイトの提案によって先送りにされた。彼らは投げ捨てた愛刀を拾い、暗闇の中を月明かりを頼りに進んで、とりあえず一晩を過ごせそうな閑地を見つけてそこに腰を据えた。ごく小さな焚火を起こし、そこでようやく本題を切り出したのは、意外にもアイクだった。

「確かに俺は、破壊神――クレイジーハンドだったか、そいつに会った」

アイクは一度言葉を切り、マルスとメタナイトを順に見た。

「最初に亜空爆弾が爆発したときのことを覚えているか」
「…屋敷の裏の林で?」
「そうだったのか」

マルスが当時のことを回想する一方で、メタナイトは驚いたように声を上げた。アイクは続けた。

「そうだ、あの林でエインシャント卿と名乗る奴が爆弾を置いて、それが爆発した――が、俺たちは爆発には誰一人として巻き込まれなかった」
「え、そうなの」

今度はマルスが声を上げる。てっきり爆発のせいで皆が散り散りになったのだとばかり思っていた。それにはメタナイトが答えた。

「私は屋敷の自室にいたが、突然足元に魔方陣のようなものが浮かびあがり、気が付くと先の荒野に立っていた」

一つ頷き、アイクがメタナイトの言葉を継ぐ。

「俺たちのときもそうだ。マルス、お前は仰向けに倒れたから知らんかもしれんが、あのとき地面には転移用の魔方陣が描かれていた。誰かが俺たちを亜空爆弾から逃がそうとしたんだ」
「だれかって…」
「マスターハンドだ」

アイクが言い切る。まさか、とマルス、メタナイトの両名は声を荒げた。
創造神は、マルスを反逆者と断じ、襲ってきた。それどころか擁護する者までもを粛清の対象とし、いまや正気とは思えない言動を繰り返している。
無論、と前置きしてアイクは続けた。

「亜空で俺たちを襲ったマスターハンドは正気を失っている。だが、俺たちと共に過ごしていたマスターハンド…あっちはまだ健在だ」
「「…はあ??」」

二人分の疑問符に気圧されたか、マルスとメタナイトの前でアイクはややしどろもどろになりながら言った。

「破壊神がそう言ったんだ。文句ならあれに言ってくれ」
「ちょっと待ってくれ…つまり、マスターハンドが二人いるっていうのかい?どうして…」
「亜空にいるのは、創造神の“本体”だ」

アイクの言葉を噛み砕きつつ、マルスは状況理解に努めたが、たいしてその努力は報われなかった。アイクもまた困ったようにメタナイトを見たが、そもそも状況を理解しているのは彼だけなのだ。メタナイトも助け舟の出しようがない。
アイクは諦めたようにぽつぽつと単語を並べるように喋り出した。

「…その“本体”は今、自分の意思で動けない。操られてるそうだ。だから、代わりに世界の維持の為に、マスターハンドは自分の“分身”を創り、世界の統治を任せた。俺たちが創造神だと思って日々頼ってきた存在は、分身の方だったという訳だな」

何故そんなことを、とマルスは真っ先に問いたいのをぐっと堪えた。アイクにこれ以上先を急がせるのは酷というもの。それに、心当たりがないでもない。
この世界に初めて来たとき、マルスに向かって創造神(の分身)はこう言った。“我々は助からなかった”と。つまり、その“我々”の中に、創造神自身も入っていたのではないか。創造神は、方舟での戦いでタブーを相手にし、そして――敗れた。

「――もしかして、マスターを操っているのは…」

もう聞かずとも分かっていたが、マルスはアイクに問う。予想通りの答えがアイクから返ってきた。

「タブーだ」

メタナイトがマルスを見る。マルスは茫然とアイクを見返した。こんなところで繋がるとは。そういえば、タブーと会わせると謳っていたエインシャント卿の言葉に釣られ、マルスは亜空へと足を運んだ訳だが、しかしタブーには会えなかった。その時は危急の事態に深く考えることもできなかったが、“ウソは言わない”とまで豪語していたのにも関わらず、だ。だが、もしそれが“創造神を操っているタブー”のことを指していたのだとすれば、辻褄が合う。

「タブーは、マスターハンドが隠した“創造の力”を探してる。その力で神になり代わり、世界を席巻するつもりだ」

アイクはなおも続ける。

「アイツは、“創造の力”を破壊神が持ち逃げしたと思ってる。その破壊神が行方をくらましたから、その行方を知っていそうなお前を狙った訳だが…実際は違っていた」
「……」
「“創造の力”を受け取っていたのは、お前だ。マルス」

ぱちぱちと焚火が爆ぜる。荒野を吹きぬける風は切るように冷たい。しかし、マルスは特にそれを気にしなかった。
突然に道が開けたのだ。アイクのもたらした報は驚愕に値することばかりだが、クレイジーハンドの言ならば疑いの余地はないし、今まで訳も分からずに追われていたことを思えば格段に行き先は明るい。つい数瞬前は死んでも構わないとさえ思っていたこの命も、意味があるならしがみ付きたい。

「僕が、マスターの力を…」

試しにマルスはその力を使ってみようと意識を向けたが、しかし己の中に己ならざる者の気配を感じ取ることは出来なかった。ということは、マルスは単に“入れ物”でしかないのだろう。創造の力を引き出すことは、本来の持ち主であるマスターハンドにしかできない。――或いは、タブーによってか。
黙り込んだマルスを、アイクとメタナイトが心配そうに覗き込む。と、マルスが顔を上げ、そして突然に切り出した。

「僕も君たちに聞いてもらいたいことがある」

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