世界よ、愛しています

*8

足取りは重く、息は上がる。浅い呼吸を刻みながら、王子は食堂を訪れた。理由は特になく、ただ惰性に任せて歩いていたらここに来ていた。
幸い食堂には誰もおらず、王子は食堂の椅子に倒れ込むように座った。酷い眩暈がしていた。ここに来てからろくに食事も取っていないので、貧血なんだろうと思う。いつだかに覗いた鏡の中の自分は、蝋のような血の気のない顔で、目の下にはくっきりと隈が出来ていた。
ただ座っていることさえ辛く、王子は机に突っ伏した。

「あ、マルス!お前なんで勝手に出歩いてんだ」

そこへ再び誰かがやってきた。王子が顔を上げると、マリオが呆れたようにこちらに駆けてくるところだった。

「点滴だってまだ途中だっただろうが。そもそも大怪我してるんだから、絶対安静に決まってるだろッ」
「……」
「もし出たいんなら一言言ってくれればいいじゃないか」

王子はぼんやりとマリオを見つめる。前の世界とほとんど――いや、恐らく何も変わっていないままのマリオである。この時王子は何かに期待したのかもしれない。王子はマリオに問うた。

「ねぇ、君は覚えてないのかい」
「は?何を…?」
「全てをだよ!!」

突然王子は立ち上がって叫び、手近にあった椅子をマリオに投げつけた。あまりに突然のことだったので、マリオは直撃を被り、食堂の床に倒れ込む。その騒ぎを聞きつけて、すぐさまフォックスとファルコが顔を出した。

「どうした…って、マリオ!大丈夫か?」

ファルコが王子とマリオの間に入り、フォックスが肩で息をする王子の腕を掴む。

「おい、マルス!落ち着けって!」
「落ち着け…?落ち着いていられるか!」

王子はフォックスの手を払いのけ、足払いをかけた。うぉ、と情け無い悲鳴を上げてひっくり返るフォックスの腰のブラスターを抜き取り、両手で構える。照準はマリオに合わせられていた。
マリオと、それに駆け寄ったファルコがぎょっと身を引く。

「大丈夫、僕らは人形だろう?死なないよ」

背筋が凍り付くような冷笑を浮かべ、王子は引き金を引いた。
が、マリオは跳ね起きるとファルコの前に飛び出してスーパーマントを翻す。ブラスターから放たれた光線はスーパーマントに跳ね返されて、王子の右頬を掠めて食堂の窓ガラスを粉砕した。
王子は怯まず、続けざまに引き金を引く。再びマリオがマントを振り抜こうとするが、フォックスが叫んでそれを止めた。

「馬鹿!跳ね返すな、余計危ないだろがッ」
「あ、すまん」
「それとファルコ!マルスは怪我人だぞ、撃つな!」

振り抜こうとしていたマントを引っ込め、マリオはしゃがんでブラスターをかわす。自慢の帽子をレーザーが焦がした。既にブラスターを構えて引き金に指をかけていたファルコは、短く舌打ちすると緊急回避で後退する。
マリオ、フォックス、ファルコの三人はこけつまろびつしながら王子の凶弾から逃げ、食堂の机を引き倒すとその陰に隠れた。元々そこまで高威力に設定されていないブラスターのレーザーでは机を貫通させることは出来ない。王子は肩で息をしながら、それでもゆっくりと机の裏に隠れる三人に近付いてくる。
ファルコが苛立たしげにフォックスの名を呼び、フォックスもまた意を決したようにマリオを見た。

「またマルスの怪我が増えるが…いいか」
「俺に聞くなよ。マルスに聞けって」
「治療するのはアンタだろ」

フォックスの言にマリオは顔をしかめる。しかし彼らとて大人しくやられてやるほどお人好しではないのだ。
マリオもまた、覚悟を決めたようだった。

「…足か、肩を狙えるか」
「もっと細かく指定してくれてもいいぜ」

ファルコが低く笑う。フォックスは神妙に頷き、そしてファルコと目配せし合うと同時に机の影から飛び出してブラスターを構えた。王子を狙って引き金を引く――はずが、それはなされず、遅れて顔を出したマリオが「あ」と声を上げる。

アイクのラグネルが、王子の首筋を捉えていた。

アイクも微かに息を切らしていることから、騒ぎを聞きつけやってきたのだろう。王子は小さく舌打ちし、ブラスターを投げ捨てる。アイクは王子から目を離さずに言った。

「こいつのことは俺に任せてくれ」
「だが、アイク…」

マリオが心配そうに口を挟む。一人に任せて良いものか決めあぐねているのだ。しかしアイクは剣を下ろし、王子の折れていない方の腕を掴むとずんずんと進んでいく。マリオやフォックスが止めてもお構いなしだ。一方の王子は引きずられるようにして、連行されていった。
荒れ果てた食堂に、困惑するしかないマリオたちが取り残された。

***

広い歩幅でずんずんと進んでいくアイクに、正直王子は付いていくのが辛かった。視界が明滅して、冷や汗が全身から吹き出す。それでもアイクは歩みを緩めず、ひたすら進み続けた。ようやく彼が足を止めたのは、王子の部屋の前に着いてからだった。
アイクが振り返る。王子はふらふらと壁にもたれた。

「酷い顔だな」

開口一番にアイクはそんな暴言を吐いた。王子はただアイクを睨み付ける。何かを言い返す気力はなかった。

「…放っておいてくれないか」
「それは出来ない」

アイクは王子の部屋の前に立って微動だにしない。その腰のベルトには王子の剣と彼の愛刀が差してあり、今更ながら王子は自分の剣をアイクに預けたままだったことを思い出した。
お互い無言で睨み合う。先に根負けしたのは王子だった。王子は視線を落とし、弱々しく呟いた。

「そこを通してくれ」
「それも出来ない」
「…出来ないことだらけだな、君は…!」

ついかっとなり、王子はアイクを睨む。するとアイクが挑戦的に笑った気がした。思わず一歩後退ると、しかし襟元を掴まれて引き寄せられる。

アイクは王子を見下ろし、低く唸った。

「逃げるな」

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