世界よ、愛しています

*超能力少年の話1

ネスにとって、テレポートはただ「走り抜ける」だけの移動方法だった。普段は元いた世界の景色が歪んだかと思えば、それが形を取り戻す頃には目的の地に着いている。
逃げ場のない空中要塞ハルバードの甲板上では、テレポートはまさに最適な脱出方法だった。
だから、このテレポートの最中に、まさか行く手を阻むものがあろうなどとは想像だにしなかった訳で、彼がそのまま障害に激突してひっくり返ってしまったのも、その移動速度からすれば仕方のないことだった。

「うわぁ!?な、なに…!?」
「どうしたぞい!」

デデデの声が聞こえる。ネスは慌てて跳ね起き、己の道を塞いだものを見て目を剥いた。彼らの行く手を阻んだのは、マスターハンドだった。
轟くような声が辺りを揺らした。

「君のテレポーテーション能力は、亜空に抜け道を作る能力のようだ。興味深い!」

びりびりと響く大音量に耳を塞ぎたい衝動を抑えつつ、ネスは素早く辺りに目を凝らす。世界は、淀んだ暗闇を呈していた。ここは先まで彼らがいた“世界”ではない。亜空間だ。
知らなかったとはいえ、迂闊にもネスたちは亜空を通って逃げようとしていたのだ。

「しかし、飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのことだね!」

マスターハンドの高笑いが降り注ぐ。ネスは唇を噛んだ。マスターハンドの後ろにぼんやりと光が見えるので、そこが出口なのだろう。子供のネスが十歩も走れば届くだけの距離である。だが、その前には恐らく最大にして最悪の障害が待ち構えている。
――考えたって仕方ない!!
ネスは覚悟を決めて、いきなりPKファイヤーをマスターハンドに向けて放った。それは敢え無く創造神の手のひらの動きだけで払われてしまうが、続けてデデデの大槌がマスターハンドの巨体に躍りかかった。

「無駄なことを!!」

創造神は吠え、拳の形に握った体で、デデデを殴り飛ばした。ぎゃん、と痛そうな悲鳴ののち、遥か彼方に吹っ飛ばされるかと思われたデデデの身体は、しかし不自然にその場で空中停止した。デデデの身体を空中に縫い止めるのは、サイコキネシス――つまり念力の力である。そんな芸当ができるのは勿論ネスしかいない。ネスはそのままサイコキネシスでデデデの身体を“出口”に向かって投げ飛ばした。PKスルーである。

「いっけええええ!!!」

ネスは叫び、デデデはそのまま創造神の頭上を飛び越え、光の出口に姿を消した。同時にその出口も掻き消えて、あとには怒りを露わにするマスターハンドと、逃げ場を失ったネスが取り残される。少年は冷や汗を額に滲ませながら後ずさった。
一方の創造神は、怒りに震えながら少年を見下ろす。

「…忌々しい…何故思い通りにいかない――貴様も、あの王子も!!」
「それがマスターの意思でしょ?マスターが予測しえない乱闘をすること、それが僕たちが“この世界”に生まれた理由なんだから」

全てが創造神の采配通りに動くこの箱庭では、彼ら英雄たちだけが不確定要素としてマスターハンドに驚きと新鮮さを与えてくれる。故に、今のマスターハンドの発言はネスにとって理解しがたいものである。ネスは怪訝そうな表情で創造神を見上げた。

「おかしいとは思ってたけど、アンタ本当にマスターなの?」

PSIの力を練り上げながらネスは続ける。眼前に聳える白手袋から放たれる殺気はいや増すばかりだが、ネスは一切怯まなかった。

「大体神様のアンタが、どうして亜空から出てこないのさ。出られない理由でもある訳?」
「貴様が知る必要はない」

冷やかな声が返る。ネスは今にも逃げ出したい衝動に駆られたが、その場に踏ん張って堪えた。――ただ逃げたのでは意味がない。一矢でもなんでも報いてやらねば気が済まない!
再びネスはPSI攻撃の構えを取った。創造神は非力な彼の抵抗を嘲笑ったが、少年の背後に現れた輝く幾何学的な模様を見るやすぐさまその笑みを引っ込めた。本日最大火力に練り上げられた攻撃用PSI――PKフラッシュだ。

「PKフラッシュΩ!!」
「ぐぅ…ッ!!」

完全に油断していたのだろう、マスターハンドは眩い光の前に棒立ち状態となり、PSIの力が亜空を伝播し、空気を震撼させた。その輝きはマスターハンドの背後に伸びる金の鎖を白日の下に晒し、さらにはその鎖を束ねて制御している存在までもを浮かび上がらせた。
ネスはその姿を穴があくほど凝視する。――予想外の収穫だった。
マスターハンドの身体には、無数の金の鎖が穿たれ、その鎖によりまるで操り人形のように行動を制御されていた。鎖の先は亜空の深部、より暗闇の深い場所に繋がっており、靄がかったようになったその場所からは、薄水色に輝くヒト型の生命体がネスを睥睨していたのである。
ネスは薄ら笑う。――笑うしかない。少年は、黒幕の姿を、無謀にもたった一人で拝んでしまったのだ。

「見たな」

マスターハンドの声でなく、それは人を不安にさせるような低い声で言った。

「生きては帰さん」
「――遠慮するよ!!」

回れ右してネスは走り出す。その影をどこからともなく伸びてきた無数の金の鎖が突き刺した。こうなれば、捕まるのも時間の問題である。
しかし、少年はこの場から逃げる術を心得ていた。そもそも彼の思惑は黒幕との対峙になく、初めから逃亡だったのだから。
走り出した少年の姿は、幾らも進まないうちに掻き消える。テレポートしたのだ。少年は、創造神の足止めの為だけにPSIを練っていたのではない。彼は自分のすぐ近くにテレポート用の“出口”を作り上げていた。

たった一人の少年にしてやられ、亜空の主は怒りに咆えた。だがその声を聞き届けるものはいない。
奇しくも同じ頃、彼が差し向けた追手たちも、亡国の王子を取り逃がしていた。


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