世界よ、愛しています

*電気鼠の話2

時を遡ること数刻。

首根を掴まれ、無造作に運ばれながら、ピカチュウは自分を運ぶ巨漢の魔王を盗み見た。マルスらと別れてからまだいくらも時間は経っていない。が、ピカチュウは亜空を連れ出され、どことも知れない工場のような場所へ連行されたのだった。

「…ねぇおじさん」

ダメ元で声をかける。魔王は歩みを緩めなかったが、低い声で「なんだ」と返した。
ピカチュウは勇気を振り絞って問う。

「ここはどこ?」
「知らん」

魔王の返答は簡潔で素っ気ない。しかし、ピカチュウは知っているのだ。魔王が敢えてこの場所を選び、ピカチュウをここへ連れてきたことを。魔王はピカチュウを捕らえ、その処遇を任されたとき、何と言ったか?

――“あれ”が根城にしている島へ案内しろ。コイツはそこへ幽閉しておく。

本当に邪魔なら、人形化させるなりして捨ててしまえばいい。それをしなかったのは、魔王がピカチュウにまだ利用価値を見出しているからだ。
ピカチュウは食い下がった。

「おじさんは、あのマスターが言ってることが正しいと思うの」
「減らず口が過ぎるぞ、小童」
「言っとくけど、僕もうオトナだから。ベビィポケモンの時期は過ぎたよ」

沈黙が降りる。ピカチュウは負けじとガノンドロフを睨む。魔王は呆れたように小さく溜め息を吐いた。これは交渉の余地ありと見て、ピカチュウは畳み掛けた。

「おじさんも、情報が欲しいんじゃない」

誰も、今の状況を正しく理解出来ていないに違いない。何が敵で、何が味方なのか。誰の思惑が事態を動かし、誰が関わっているのか。
それを知らないことには、誰に肩入れをすれば良いのかも判断出来かねる。魔王ですら、その決断に迷っているのではないか。――いや、魔王に限って誰かに肩入れしようだなどとは考えまい。だが、利用価値の見極めとなれば話は別だ。
ピカチュウは出来うる限りの悪い笑顔を浮かべてみた。

「手駒が欲しくはない、おじさん?」

魔王の赤い瞳が、ぎらりと光った。一瞬、握り潰されるかとピカチュウは肝を冷やしたが、そんな予想に反し、ガノンドロフは声を一段と低くして言った。

「貴様は捕虜だ。それは変わらぬ」
「…うん」
「しかし捕虜ならば、本来知り得ぬ敵の内情を“偶然”知れるやも知れぬ」

含みのある言葉に、ピカチュウは身を捩って魔王を見上げた。魔王が笑う。ピカチュウの悪い笑顔など比べ物にならない凄絶な悪人面である。
つまり、交渉成立だ。助かりたいピカチュウと、情報を欲するガノンドロフとの利害が一致したのだ。

「エインシャント卿と呼ばれる者を知っているか」
「エイ…だれ?」
「創造神の擁する亜空軍の幹部らしいが、この島はその者に何やら縁がある」

その“縁”とやらを調べろという訳だ。それがエインシャント卿なる者の素性に繋がるし、ひいてはマスターハンドの狙いも見えてこよう。
結局、ガノンドロフもマスターハンドを信用などしていないのだ。服従している振りをして、その腹を探っている。しかし忠誠を演じる手前、表立って調べ物をする訳にはいかない。
ガノンドロフはピカチュウを床に下ろすと、懐から翡翠色に輝く小石を取り出し、それを放って寄越した。ピカチュウは小さな両手で小石をキャッチした。

「なにこれ?」
「ハイラル王家に伝わる古い秘宝だ。何か分かればそれで連絡しろ」
「…よく分かんないけど、分かった」


ゴシップストーンから切り出したという得体の知れない小石は、およそピカチュウの理解が及ぶ代物ではなかったが、ガノンドロフの話の文脈から察するに、通話機能を有しているのだろう。

「ライブキャスターみたいなもの?」
「らい…なんだそれは」

今度はガノンドロフが眉根を寄せる。今更のように世界観の違いを痛感するピカチュウだった。

「もう一度言っておくが、貴様は捕虜だ。儂の手駒でありたいならば、儂の邪魔はするな」
「うん」

本当に分かっているのかいないのか、ピカチュウは小さな親指を立てるような仕草をしてみせた。

かくして、ピカチュウの大冒険が幕を開けたのだった。

[ 35/94 ]

[*prev] [next#]


[←main]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -