忘却の彼方に

*32

「こっちだ」

そう言ったガノンドロフに唐突に襟首を掴まれ、廊下に面した使われていない部屋に引きずり込まれた。ツインローバも悠々とその後を付いてくる。何か悪いことでもしただろうか――あ、城を抜け出したことかな?

ガチャリと鍵を掛け、それから何事かを呟いてツインローバは扉に魔法をかける。それを確認した後、ガノンドロフはようやく私の襟首から手を離した。

「とりあえず扉には魔法をかけといた。盗み聞きされる心配はないよ」

こともなげに言うツインローバにガノンドロフは無言で頷きながら、胸の前で腕を組んだ。しばらく何から話すべきか悩むように唸って、それからじっと私を見据える。

「…何でしょう?」

――男に見つめられるなんて、気味が悪い。

「何から話せばいいか…」

ガノンドロフは歯切れが悪い。

「一体何が」

「短刀直入に言うが、一部の人間がお前の記憶を取り戻したようだ」

間。瞬時に想定した如何なる言葉よりも複雑なそれは、長年待ち望んでいた言葉のはずなのに、異様に遅々とした速度で私の脳内に浸透していった。そうしてようやく噛み締めた情報に対する私の第一声。

「…嘘でしょう」

ガノンドロフもツインローバも驚いたように私を見つめた。しかし私とて信じたくなかった訳ではない。寧ろ信じたかった。が、余りに突然過ぎる進展にどうにも思考が追いつかない。嘘だと認識するより他なかったのである。

「だってゼルダは何にも…!」

「だから、“一部”なんだよ」

ツインローバが私の言葉を遮って答えた。

「アタシらも正確に誰が記憶を取り戻したのかは分からない。一応今まで会ってきたヤツらには共通点らしいものもないし…」

「ちょっと待って下さい!」

思わず声を張り上げる。何だって?今まで会ってきた“ヤツら”?

「そんなに沢山いるんですか!?というか、そもそも記憶を取り戻したって一体どういう…?」

しかしツインローバもガノンドロフも困ったように目を見合わせるだけで、すぐさま思ったような返事は得られなかった。どうやら彼らもまた、事態を完全には把握していないようである。

「とりあえず、インパは記憶を取り戻した」

しばらくしてガノンドロフが言った。コメントのしようがなく黙っていると、ガノンドロフはさらに続けた。

「つい先刻、何の前触れもなく、失われもせず、鮮明に。聞けばお前の情報が突然脳内に降って湧いたそうだぞ」

「そんな…」

絶句する。インパが。情報が。ゼルダは。
乱れる思考は収束する気配を見せない。

「何故…一体どうして…?」

やっと絞り出した言葉は訳の分からない疑問詞ばかり。

「アンタが壊した水晶玉さ」

答えたのはツインローバだった。言われて思い出す。先程私が捕まえた男たちの一人が持っていた、赤橙色の水晶玉。強大な魔力を秘めたそれは、私が一刀両断してしまったが…。

「あの水晶には、アンタの情報が詰まってたんだ。――七年前、突然消えてしまったと思われた“記憶”がね」

唖然――としか言いようがない。

「今じゃ使うヤツなんてほとんどいない古典的な方法さ。まぁ、王家お抱えの魔導士なんかは、王家の不祥事を揉み消す為にたまに使うらしいし、集めた情報はあの水晶みたいに固まって、それ自体が魔力を持つから非常に強力な補助魔導具になるから重宝される術ではあるけど」

「…ということは、私の情報が消えて無くなったのは…何処かの魔導士の仕業…?」

そう、と頷いてツインローバは腰に手を当てた。

「高い魔力と高い財力、そして数ヶ月も準備期間があれば、簡単に国中の人間から記憶なんて取り出せるのさ。アタシとガノンさんが記憶を失わなかったのは、その魔術の発動者よりも魔力が高かったからなんだろうねぇ」

「でも、それだったら他の人の記憶はどこに…」

思わず口を挟む。どうやら年月によって、集められた記憶が減少したり風化したりすることはないようだ。が、未だ戻らない記憶の方が私は気になった。

「恐らく、水晶はもう一つあるのだと思う」

ガノンドロフの端的な答えが返ってくる。あぁそうか。国中の情報を集積するのだから、あの大きさでは一つに収まらないのだ。――そもそも記憶に大きさなどあるのかという疑問も沸き上がったが、それはひとまず置いておこう。
だが、と冷静に思考する(ようやく思考する程度の落ち着きは取り戻したようだ)。今までは何の手がかりもなかった。それが突然こうもめまぐるしく転機を迎えるとは、なんだか気味が悪い。

「さっきアンタが捕まえた男たちがアンタの情報をかっさらったヤツの差し金だってことは確かだ。それに、ソイツの狙いが姫さんだってことも…」

ツインローバに指摘され、さらに気付いた。そうだ。彼らの狙いはゼルダであった。

…。
……。
………。

「…許さん…」

私のゼルダに手をかける、だと?
思わず漏れた呪いの言葉。ツインローバとガノンドロフが隠すでもなく引いていた。

「ひとまず…アンタの情報を取り戻すということは、同時に姫さんを狙う相手の戦力を削ぐことにも直結するんだ。二つの観点から言って、これはとても大きな前進だよ」

私の呟きに苦笑しつつ、ツインローバが話をまとめる。そうか。今まで意識されなかったが、これは真相にデク花ジャンプで近付いたようなものだ。…あ、ムジュラ未プレイの方すいません。
しかしそう思うと途端に安堵と共に疲れが意識に上った。
思考もしたくない。とにかく早く眠りたかった。

「…おぉ、言い忘れていたが」

唐突にガノンドロフがおどけた口調で言った。

「姫を城下に連れ出したそうだな。…インパが怒り心頭だったぞ」

残念なことに――今夜は眠れそうにない。

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