忘却の彼方に

*28

ようやく会議が終わり、帰りの馬車の中で会議の内容をインパと語り合う。とは言っても会議の内容は戦争中の国家間での罵り合いに近く、それらの国から遠く離れたハイラルにはあまり関係のない会議であった。

「何故我々があんなくだらない会合に呼ばれねばならなかったのか、理解に苦しむな」

「全くだな」

眼前のインパは至極不機嫌そうだった。それもそうだろう、わざわざ時姫の護衛を他人に頼んで出向いた会議がこれだとあっては、その怒りは察して余りある。
そんな彼女の杞憂を和らげるように、苦笑混じりに俺は付け足した。

「姫君のことは心配ない。リンクが付いていれば何がなんでも守り通す」

「…王国最強のガノンドロフがそこまで言うのだから、確かに心配はあるまい。…だが、それにしても腹が立つ。あやつらは国際会議を何だと思っているんだ」

はぁ、と一つ重い溜め息を吐いてインパは馬車の窓から外を見やった。辺りは既に真っ暗で、紺色の空にはちらちらと星が輝いていた。

「あ」

唐突にその光景を眺めていたインパが声を上げた。彼女らしからぬ行動を不審に思い、どうしたと尋ねるとまたもや彼女らしからぬ返答が返ってきた。

「…流れ星が見えたのでな」

「流れ星?」

つられて自分も窓の外を見る。なるほど上空には地に降り注ぐ流星の雨あられが確認できる。
――流星?
いや、違う。微弱ではあるが、あれらからは魔力を感じる。そもそも流星はあんなに長時間輝き続けはしない――。

「不思議なこともあるものだな」

流星の正体は皆目検討もつかないので、とりあえずそれだけを呟いて元の位置に座り直す。詳しいことはあとでツインローバに聞けばいい。そんなことを考えていたが、それ以上の思考は再びインパが上げた声に遮られた。

「…どういうことだ」

驚いてインパを見つめる。主語のない質問に俺はしばし沈黙した。

「どういうことだ、とは…何がだ?」

「リンクは、何故騎士団にいる?」

「…何故って…」

何を言っているんだ、この女は。リンクは騎士団員選抜の武闘会に優勝したのだ。それに俺の推薦も相まって、現在のような地位にいる。それはインパも重々承知のはずだが…それを今さら不服だと言うのか?
様々な懐疑の念が脳内を往来する中、しかし次の瞬間インパの口から聞かされた言葉に俺の頭は真っ白となった。

「どうして私は、“時の勇者”の存在を忘れていたんだ?」

「な…」

忘れられた称号。存在し得なかった二つ名。
ただでさえ存在がおぼろげな“時の勇者”は、七年前に何者によって人々の記憶から完全に消された。
はずなのに!

「リンクのことを思い出したのか!?“時の勇者”のことを?」

急き込んで尋ねる。インパは蒼白な面持ちで頷いた。

「忘れるはずのないことを…私は何故か今まで忘れていた。あろうことか、ハイラルを救った“時の勇者”リンクの存在を忘却の彼方へ葬り去っていたとは!」

なんということ!
今まで何の手がかりも無かったのに、あまりにも唐突に訪れた転機。とすると、この場合原因と疑われる要因は――。

「あの流星…」

いまだ混乱の最中にあるインパをよそに、俺は再び紺の空を見上げた。既に流星は一つとして見えない。が、よく考えれば、今となってはあの流星が何を及ぼしたのか確かめようもないのだった。
ならばもう一つ確かめねばならないことがある。俺は馬車の窓枠から身を乗り出し、御者に大声で呼んだ。

「おい、お前!」

「はっ、はい、ガノンドロフ様」

びくついてこちらを振り返る御者。とりあえず声を抑えて安全運転を促してから尋ねた。

「お前、いつから城に出入りしている?」

「はぁ…かれこれ十年近くになりますが…」

「ならば、七年前にゼルダ姫の元へよく来ていたリンクという小僧のことを知らないか」

…沈黙。やや遅れて答えがあった。

「私はその時、まだ中庭の警備兵だったのですが…そんな子供の話は聞いたことがありませんよ」

「…そうか」

リンクは当初ハイラル城に忍び込んでゼルダに会いに行っていたというから、中庭の兵士がその存在を知らないと言うのも頷ける。
質問が悪かったかと思い、もう一度御者に聞く。

「ならば、七年前にゼルダ姫が発表した“時の勇者”伝説は知っているか?」

再び、間。

「何の伝説ですって?そんなことありましたかね」

御者の質問には曖昧に笑って答えず、俺は馬車の中に引っ込んだ。インパは全てを思い出したと見える。一方御者の方は十年前から城にいるそうだが、リンクのことは全く覚えていない。この違いは一体何だ?

「ガノンドロフ…お前は何か知っているのだな」

インパは俺が再び向き合って座るのを待ってからそう切り出した。そういえば彼女をほったらかしにしていたのだった。混乱の最中にありながら、俺の用事の済むのを待っていたのだろう。何かしらの説明を挟まない訳にはいかない。

「…何から話せば良いのやら…」

七年の間止まっていた歯車が今唐突に動き始めたことを、渦中の勇者は知っているのだろうか。



――所変わって、ゲルドの砦――。

「なんてこったい…!」

アタシは空を見上げてそう叫んだ。そのアタシの金の瞳に映るのは幾千もの流星――ではなく、四方八方に飛散する水晶の欠片だ。

「どうしたんだい、ツインローバ様よォ」

おどけた調子のナボールが問いかけてくるが、それは全く無視した。

「こんな古典的な方法だったなんて…それにこの莫大な力…間違いない!」

大きな確信と、今までそれに気付かなかった自分への憤りが混ざってなんとも言えない気分ではある。しかし今はアタシの個人的な感情など問題ではない。

「アタシはちょいとハイラル城まで行ってくるよ。その間ここのことはアンタに頼んだからね!」

「ちょ…婆さん!」

ナボールが抗議の声を上げるのにも構わず、アタシは指を鳴らして何処からともなく箒を取り出してそれに跨った。それから体を箒に出来るだけ水平にして、飛散する水晶の破片と入れ違いになるよう一直線にハイラル城を目指して空を駆ける。

砂ばかりのゲルドの砦は、あっという間に小さくなっていった。

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