忘却の彼方に

*26

柔らかな彼女に触れて、彼女の声を間近で聞けて、その時の私は正直死んでも構わないとさえ思えていた。
触れたらすぐに壊れてしまいそうな印象を受ける彼女は、意外にもしっかりと私の手の中に収まる。嗚呼、いっそ壊してしまえたらどんなにいいか。こんなにも貴方を想う私の気持が、これ以上私を蝕まないうちに!
必ず守り通すという誓いと相反した破壊衝動は、私が異常なのでなく愛故だと信じたい。勿論歪んだ愛情表現をするほど私の理性は吹き飛んでいないので、今のところ何ら問題はない。問題なのは今彼女が抱えているボムチュウの行方なのであって…あれ?結構長いことボムチュウを持って…。

「ゼ…じゃなくてシーク!ボムチュウを放し…!」

「あ…」

慌てて彼女はネズミ型追尾爆弾を手放した。しかし既に爆発まで数秒と迫っていたボムチュウは、障害物に当たることもなく私たちの立つごく近くで爆発する。火花と共に爆風が吹き荒び、思わず私は彼女の手を引いて自分の元に寄せていた。

「…ごめんなさい、私ったらぼうっとしてて」

「いや…私の方こそ、申し訳ありません」

引き寄せた私と、無抵抗に引き寄せられた彼女。図らずも抱き合う形となってしまった私と彼女は、きっかけが掴めず動くに動けないでいた。別に私が彼女を引き止めてる訳じゃないんだ、断じて。

なんとか喋って誤魔化すも、あぁ、なんか今の私は最高に情けない。

「…ふふっ」

唐突に腕の中の彼女が笑い声を漏らした。群青の瞳が私を見上げる。

「やっぱり、リンクと一緒に来て良かったですわ」

「…え…」

「こんなに楽しいの、初めてですもの」

はにかむような笑顔を見せて、彼女はついと私から離れる。そうして今度は自分からボムチュウを持ち上げると、僅かに舌を出して片目で照準を合わせるように的を見据えた。
私を気遣っての言葉ではなく、本当に心底楽しんでくれているようだ。そして、その楽しみの一端を担ったのがこの他でもない私だという事実が、遅れて脳内に伝達される。

私もゼルダがそう言って笑っていてくれるのが、この上なく嬉しいんですよ。

心中の呟きは、大気を振るわせることなく飲み込んでおくことにした。



「もうこんな時間ですわ」

日も傾きかけた頃、城下町の広場にある噴水の縁に腰掛けて、彼女は不満そうに呟いた。あの後、私たちは━━というか彼女が私の案内も無しに手当たり次第に店に入っていったのだが━━射的をやって、宝箱屋に入って、様々な小物やら果物やら薬やらを見て回った。女性とは喋って食べて買い物をすれば大概のストレスが発散出来る生き物だ、と誰かが言っていたが、今日私はまさにその片鱗を見た気がした。

「そろそろ帰らなくては、城の者に外出していたことがバレてしまいますね」

それとなく帰城を促す。一応城の者には「姫は王族専用の図書室で調べ物をしている」と言って、誰も取り合わないようにしてきた。私は私で新米の兵士。何処にいようが誰も気に留めまい。姫の護衛隊は王宮の中でも姫の生活圏を警備しているというだけで、彼女がどこで何をしているのか正確に把握している者はいなかった。
つまりは、姫の安全を守っていたのは常にインパとガノンドロフの二人という訳で、なるほど今回のような機会にゼルダは全くのノーマークとなるのだった。
彼女は少し物足りない様子で城下を一瞥したが、素直に「帰りましょう」と立ち上がった。私たちは預けていた馬を受け取り、今度は王族専用の入口からこっそりと城内に入ることにした。見付かったら大目玉だが、生憎私はハイラル兵の警備の穴を知っている。特に何事もなく城に戻ることに成功した。

━━かに見えた。

彼女と連れ立って厩から王宮へと向かう途中、ふと人の気配を察した私はゼルダに目配せして静かにするよう伝えると物陰に隠れた。ほんの少し顔を出して薄暗い小道に目を凝らし、話し声の主を探す。はっきりとは見えないが、見慣れない恰好をした男が5人、小道の真ん中で何事かを議論し合っていた。

「━━室にいるとか。あそこなら警備も手薄だ」

「しかしそこに着くまでに出会う警備兵の数は計り知れんぞ」

「ガノンドロフのいないハイラル騎士団などただの凡人の集まり。恐るるに足らぬわ…況してインパも居らぬ今、ゼルダ姫は全くの無防備」

背後でゼルダが身じろぐのを感じた。私も小さく唾を飲む。共通の了解に達してお互いに顔を見合わせる。恐らく彼らはゼルダの命を狙う狼藉者だ。
どうしようか。ゼルダを置いて奴らを捕まえに行くか。しかし相手が5人だけとは限らない。もしゼルダに何かあっては困る。
だがここで奴らを放っておくのも後々面倒臭い。さぁ、どうする自分。何をするのが一番最良か?

「ゼルダ様」

彼女を振り返る。不安げな瞳が私を見つめ返した。

「これ、被って下さいますか」

言って差し出したのは、妙に間の抜けた表情のお面。ゼルダは不思議そうにお面を受け取った。

「これを被って、私の後についてきて下さい」

「そんな…何を…」

「そのお面は、“石コロのお面”と言いまして、存在を気付かれにくくするものなんです。ですから、余程のことがない限り、奴らがゼルダ様に気付くことはありません」

「じゃあ、貴方は?」

私の身を案じてか、心配そうに私に詰め寄るゼルダ。私は小さく笑った。

「強行突破します」

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