忘却の彼方に

*25

普段通りに振る舞えているかしら?
なんだか動きがぎこちなくなっていないかしら?
あの人に見つめられると私は、どうしようもなく嬉しくって、悲しくって、自分でも何がなんだか分からなくなってしまう。あの碧い瞳が私だけを映しているのだと思うとこの上なく幸せに感じる。一方で、その瞳が湛える深い色を見つめていると手が届くようで、けれども決して触れることの出来ないもどかしさが込み上げてくる。
一体この気持ちは何なのかしら?

「シーク」

あの人が私を呼ぶ。本当の私の名前じゃないけれど、あの人が私の為に考えてくれた名前。――のはずなのに、何故か私はこの名前を知っている。知っている、というのは少し違う。頭の中にはない情報だけど、体がこの名を鮮明に覚えている。

そして…あぁ、この人の笑顔もまた、私は体の何処かで覚えているのだ。

「そろそろ行きましょうか」

そう言って彼は立ち上がる。私よりも少し背の高い彼の、端正な横顔を眺めているだけで私は幸せな気分に浸れたが、その時唐突に現実に引き戻されたような気がした。

「…もう…帰らなきゃいけませんか…?」

彼が驚いたように私を見つめ返す。しばしの沈黙の後、彼は小さく首を傾げて問い返した。

「お帰りになりたいのですか?」

「…もう少し城下にいたいです」

「なら良かった」

ふわり、と彼が微笑む。何処か冷めたようでいて、けれども私の前で見せる笑顔は嘘偽りのない心からの笑顔。私だけが貴方の特別なのだと思うのは、自惚れでしょうか。

「城下は一日で回るには広すぎる。シークに見せたい場所がたくさんあるのに、到底回り切れそうにないんです」

困ったように頭を掻いて、それからごく自然に私にその手を差し出す。普段は剣を握るその腕を、私の為だけに差し出してくれているのだ。私はその碧い瞳に小さく笑いかけてから、その手を握り返した。

「次は何処へ行きましょう?」

「リンクの好きな所へ連れて行って下さい」

「…かしこまりました」



そう言って彼が私を連れて行ったのは、城下でも人気(らしい)の“ボムチュウボウリング”だった。人の入りもなかなかのもので、正直私は正体がばれやしないかとヒヤヒヤしていたが、彼の方は慣れた手付きで受け付けを済ませると両手一杯に得体の知れない物体を抱えて戻ってきた。
曰く、その得体の知れない物体こそが“ボムチュウ”らしい。

「私…爆弾好きなんですよ…」

…あ、彼が何か危ないことを呟いた。あまり気にしないでおこう。
でも彼の爆弾が好きだという言葉に嘘はないらしい。見たこともないような子供っぽい喜々とした表情でボムチュウを眺めている。少し危ないと言えば危ないが、普段見られない貴重な彼の素顔の一つだ。
しかしボムチュウの方は私が全く知らない物体だ。どうやって遊ぶのか見当も付かない。
私がそう彼に告げると、彼はにっこり笑んで「見ていて下さい」と言うと、ボムチュウを一つ抱えて歩いて行った。そして同じようにボムチュウを構えている人が大勢いる所で立ち止まると、狙いを定めるようにしばらく遥か遠くにある的を見つめ、おもむろにボムチュウを床に置いた。
すると床に置かれたボムチュウが勝手に走り出した。飾りに付けられたシッポを小刻みにパタパタと振り、的までにある障害物を綺麗にかわし――といってもボムチュウに意思がある訳でなく、彼がそう進むようにボムチュウの向きを調整していたのだが――見事最深部の的に命中した。
と、途端に的が壁ごと派手な爆発音と共に崩れていく。彼はごく平然としていたが、私は驚いたなんてものでなく、それは私以外の多くの客にとっても同じだった。しかし的と壁が全て崩れ去った時、さらなる驚きが待っていた。崩れた壁の奥に、また新しい的が用意されていたのだ。要するに、先の爆発は不慮の事故ではなかったらしい。元々このゲームはこうなるような演出になっていたのだ。
少々過激なルールに私が辟易していると、彼が戻って来た。確かに満足そうな顔をしている。

「どうですか」

「凄いですわ」

色々な意味で━━という一言は胸の奥にしまっておく。恐らく以後ボムチュウボウリングに興ずるかと問われれば、真っ先にノーと答えるだろう。
しかし彼の和気あいあいとした表情を見るに、そのような感情は浮かばない。彼がやっているのなら、彼と一緒にやれるのなら、どのような事柄もやってみたい。

「私も、やってみていいですか?」

「え…勿論!」

まさか私がやりたいなどと言い出すとは思っていなかった様子の彼は、3日ぶりにエサをもらったイヌよろしく喜々とした表情を見せた。本当にそういった所はまるで子供だ。なんだか懐かしくも感じる。
━━勿論私は幼い頃の彼を知る訳もないので、懐かしいなどという表現はおかしいかもしれないが。

眼下に佇むボムチュウと、遥か彼方の的を交互に見据える。障害物としてニワトリが用意されているのが引っかかるが、城下のことに詳しくない私はこれが城下の常識なのだろうと妙に納得していた。
そんな私の肩越しに目標の的を覗き込む彼は、私がふと振り返ると小さく笑った。

「持ち上げると起爆スイッチが入るので、もう一度地面に下ろすと勝手に走り出してくれます。一定時間が過ぎるか、障害物に当たると爆発するので気をつけて下さいね」

気をつけようがないでしょ。そう思いもしたが、とりあえずやってみないことには始まらない。私は神妙な面持ちでボムチュウを持ち上げた。予想に反してずっしりと重いそれに軽くよろめくと、背後にいた彼が優しく肩に手を添えて抱き止めてくれた。

「大丈夫ですか」

「…は、い」

すぐ耳元で彼の囁く低い声が聞こえる。
優しく掴まれた肩から、彼の体温が伝わる。

たったそれだけのことが━━勿論“それだけのこと”なんて思わないが━━どうしようもなく私を舞い上がらせる。激しく動悸を打つ胸は、今にも張り裂けんばかりに悲鳴を上げていた。

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