忘却の彼方に

*23

とうとうこの日が来た。
記念すべき私の初任務。

ゼルダを一日護衛出来るという、誉れ高き任務に就ける日が、とうとうやって来たのだ!

私は脳内でエポナの歌を口ずさみながら、しかし表面にはそんな感情の起伏など微塵も出さずにインパとガノンドロフと待ち合わせている中庭へ向かった。二人は今日、国外で行われる会議に出席しなければならない。それ故に私が、ゼルダの側にはべることを許されたわけだ。

中庭に着くと、ほぼ同時にガノンドロフが後ろからぬぅっと現れ、またインパに連れられてゼルダも中庭に入ってくるところで、私はいともあっさりトライフォースが集結したな、と場違いなことを思った。ゼルダは私と目が合うと、小さく笑って会釈した。

「かねてから言っていたように、今日は私もガノンドロフも城内には居らぬ。そして我々が行く会議は国際的なものであり、我々の不在は広く知られるものとなっている」

「それが意味することは分かるな、小僧」

唐突に会話が始まり、インパとガノンドロフが私を見下ろす。確かに言いたいことは分かった。色んな奴らがゼルダを狙っているから、きっちり守れと、そう言いたいのだろう。だが、こればっかりは納得いかない――どうして二人ともこんなに背が高いんだ!

しかしゼルダはほんわかと笑んで、緊張感のない声で言う。

「そんなにピリピリすることじゃないですよ。たった一日じゃありませんか」

「ゼルダ様…」

インパが呆れたように彼女の名を呼んだ。その眼は“一国の王女たる自覚が欠けている”と言っているようだった。ガノンドロフはクツクツと笑っている。私にもその光景は微笑ましいように思えた。

「…あー…とりあえず、後のことは全てお前に任せる。ゼルダ様を何としてでもお守りせよ!」

「了解しました」

私はびしっと敬礼して見せる。インパとガノンドロフは神妙な面持ちで頷くと、ゼルダに軽く礼をしてから中庭から出ていった。ガノンドロフがすれ違いざま、“ナオフォード家には気をつけろよ”と囁いた以外、しばらく皆は無言だった。



「まだ、挨拶が済んでおりませんでしたわね…お早うございます」

「あ…えぇ、お早うございます。今日も良いお天気で」

ゼルダが喋りかけてきて、微かに焦る自分。そんな自分がゼルダにどう映るだろうと想像すると、ひどく情けなかった。

「さて、ご朝食はまだでございますよね。それでは今から離宮の方へ…」

なんとか話題を作ろうと場所の移動を促す。しかしゼルダは悪戯っ子のような笑みを浮かべて私を見つめ返すのみだ。動こうとはしない。私が不審に思っていると、ゼルダはくすりと笑った。

「朝食は、要りませんわ」

「え…?どこか具合でも悪いのでしょうか?」

私が不安げに尋ねても、ゼルダは笑みを湛えたまま首を横に振る。他に思い当たる理由がなくて言葉に窮していると、ゼルダは悪戯っぽく続けた。

「私、城下町へ行こうと思いますの」

――意味が分からない。朝食を取らないことと、ゼルダが城下町に行くことがイコールで繋がらなかった。
未だ呆けたように立ち尽くしていると、彼女は察しが悪いとでも言うように、私にもう一度同じことを言った。

「私、城下町へ行きたいんです」

ようやく彼女の言葉が脳に浸透してくる。つまるところ彼女は、何を言いたいのかと言うと…。

「…城を抜け出すおつもりで?」

「まぁリンク殿、聞こえが悪いことをおっしゃらないで…視察と呼んで頂きたいわ。…ただし、この話は私と貴方だけの秘密にして欲しいの」

「…朝食もそちらで召し上がるのですか」

「えぇ、とても美味しいと評判のお店を侍女に教えて貰ったの」

少しも悪びれる様子もなく、ゼルダは喜々として言う。そこで私は了解する。
だからゼルダは優秀な護衛が居なくなるというのに、いかにも楽しげに彼らを送り出したのだ。優秀ゆえに、彼らはゼルダが城下町に行くのを許さないし、ましてや彼らの目をかいくぐって城下町に遊びに行くのは不可能だ。となれば、新米たる私を丸め込んで城下町に行く機会は、今日をおいて他にはあるまい。
しかし複雑な心境でもある。出来ることならゼルダの願いを叶えてやりたい。ゼルダの望むことは何でもしてやりたい。
だが彼女はこの国の王女だ。この国に必要な人だ。この国の全ての光だ。私なんかが軽々しく連れ回していい人じゃない。万が一にも傷付けられるようなことが、絶対にあってはならないのだ。
本当に私は、彼女を守り通すことが出来るのだろうか?そもそも、ゼルダを連れて城下へ行くことなど可能なのだろうか?

私が返答に困っていると、ゼルダはそれを不許可ととらえて小さくうなだれた。挙句の果てに、目に涙を溜めて謝り始めた。

「ごめんなさい…勿論無理ですよね…なのに私ったら調子に乗って、リンク殿に迷惑かけて…いいんですの、どうか今言ったことは忘れて下さい。私、大人しく城に居ますわ…」

まばたきをする度にゼルダの大きな群青の瞳から、透明な液体が溢れる。その儚げな表情を見た瞬間、私の心は決まっていた。

「そんなお顔をなさらないで下さい。私なんかでよろしければ、是非ともお供させていただきます」

ゼルダははっとして顔を上げた。私もその視線を受けてたじろぐ。ゼルダは尚追うように私を見た。彼女の群青に私の困惑した顔が映る。

「…本当ですか?」

一瞬惑う。本当にゼルダを連れて行っても大丈夫なのか?

しかし、それは迷うまでもなく決まっていたことで。

「行きましょう」

爽やかな笑顔をもって答える。一点の曇りも挟まない私の決心は、我ながら本能に従順なのだと確認し直した。


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