忘却の彼方に

*21

「どういうつもりですか」

私は向かいに座ってちびちびとグラスのワインを口に運ぶ男を睨んだ。見上げる巨体に燃えるような赤毛、浅黒い肌に鋭い真紅の瞳が此方を見返すが、私も負けじとこの男――ガノンドロフに食ってかかった。

「職権乱用も甚だしいですよ…新入りのくせして王女側近だなんて…他の人に何と言われるか」

「何だ?嫌なのか?」

「嫌な訳ないでしょう!ゼルダの側に居られるなら他には何も――…って、このパターンは前にもありましたね」

思わずヒートアップしかけた心を落ち着かせ、浮かせかけた腰を再び椅子に下ろす。ガノンドロフは頓着無さげにワインのボトルを開けながら言った。

「確かに異例の出世だが…あの武闘会を見ていれば誰も異存などあるまい。――姫直々のご指名でもあるからな」

「そんなものですかねぇ…」

「それにインパの言った通り、その日は一日俺もインパもハイラル城を空ける。お前でなければ安心して姫を置いて行けない」

「信用してもらってるみたいで嬉しいですけど」

はぁ、とため息を落としてグラスを傾ける。勿論中身は牛乳だ。お酒飲めないんだよね、自分。まだ未成年だし。
しかしガノンドロフは周りをちらりと窺い、誰もいないことを確認すると身を乗り出して続けた。

「恐らく――動くぞ」

いつになく真剣な表情を見せてガノンドロフが言う。何の脈絡もないような言葉だが、今の王家の事情を知る私には彼の言わんとするところが理解出来た。

今、ハイラルには世継となる王子がいない。ゼルダという姫はいるが、ハイラルの風習として世継は男であらねばならないのだ。つまるところ、次期国主となるのはゼルダの夫となる者であり、またその後継は彼の息子となるのである。

王位継承に関して重要な鍵を握るゼルダであるが、本人は縁談を全て断り続け、いまだ潔白を保っている。私としては喜ばしい限りだが…勿論ゼルダに手を出すような男がいたらソイツを二度と起き上がれない体にするまで気が済まないけど…それでも結婚というのはゼルダには避けて通れない道なのだ。いずれは世継を生む為に縁談も受け入れなければなるまい。

それ故に、ハイラル中の貴族はこぞってゼルダに婚姻を申し込む。中には無理矢理契りを結ぼうとする者まで出てくる始末で、そういう理由からゼルダの護衛は常時インパとガノンドロフが交互に務めていたのだ。
そしてガノンドロフの言う「動く」者。それらの手からゼルダを守る為に私がいるのだ。
彼女に指一本触れさせてなるものか!

が、長い回想からふと現実に立ち戻ると、ガノンドロフがニヤニヤしながらこちらを見ている。怪訝そうに赤の瞳を見据えると、彼はからかうように笑いを漏らした。

「俺が一番心配しているのは、お前が姫を襲うことだがな」

「なッ!何をおっしゃいますか!?」

思わず叫ぶ。そして後悔した。私の力一杯の否定はガノンドロフをますます喜ばせるだけの結果となったからだ。私は赤面してまた一口牛乳を飲んだ。

夜はまだまだこれからだ。もとよりこんな早くに寝るつもりはないが、明日からゼルダの側に居られる私は気分が高ぶってなかなか寝られそうにない。



「おはようございます」

「あら、リンク殿」

次の日朝早く、あの中庭に行くとゼルダが私を見つけて声を上げた。どことなく嬉しそうな声音だと思うのは私の自惚れだろうか。
私もそんな彼女ににっこりと微笑み返すと、ゼルダはくすりと笑って続けた。

「今日も来て下さったのですね…私、貴方にお会いするのを楽しみにしていたんですよ」

「そう…ですか?」

軽く驚く。驚きを示した私の表情は、ゼルダには戸惑いとして受け取られ、当のゼルダは慌てたように付け足した。

「あ…っ、あの、私…リンク殿のことをよく知らないので…たくさんお話出来ればな、と思って…」

赤面してうつ向きながらゼルダが言う。私も同様にゼルダの足元を見つめて曖昧に笑った。その時の私は、ゼルダの様子を見ているだけで、暖かな喜びで満たされたのだった。

「仲の良いことだ」

唐突に低い声がする。見ればガノンドロフが悠々と中庭を横切って来るところだった。
ゼルダは何か聞き取れない言葉で反論したが、ガノンドロフは軽く笑ってみせるとそれを受け流した。

「まぁ仲が良いのは何よりだ…それはそうとこれから数日の間は、試験的にリンクを姫の側に置くことにする。いいか?」

ガノンドロフは私の方に向き直って尋ねる。勿論ここで断ろうはずもない。

「仰せのままに」

軽く目礼を添えて意向を伝える。魔王は満足げに頷いた。しかしゼルダは不安そうにガノンドロフを見上げた。

「その後はどうなるんですの?」
「その後…とは?」

「今度の休日、リンク殿が護衛をして下さる日を過ぎたら…リンク殿はどうなさるんでしょうか」
あぁ、そうか。そういえば何も聞いていない。もしかしたらすぐにお役ご免だろうか。
ガノンドロフも今気付いたというように唸り声を上げる。

「そうだな…だがこれほどの人材をただの城の警備兵にしてしまうのは勿体無いな」

ガノンドロフは私を品定めするように見下ろした。ここでも背の低さが痛感される。ゼルダと並んでも大差ないのは男として、辛い。
が、私の飛躍した思考など露知らず、当のゼルダは珍しく食い下がった。

「それならば…このままリンク殿を護衛隊に入れてしまうのはどうでしょうか?」

群青の瞳が期待に満ちた色で私を見つめた。彼女の細く白い腕が私の手に触れ、胸の高さまで持ち上げて軽く握ってくる。

「ね?リンク殿。…どう思います?」

どうって。どう思うって、それは――。

「喜んで」

――即答。爽やかな笑顔と共に答える。ガノンドロフが少し呆れたように私を見やるが、そんなことを気にするような私ではない。
ゼルダは私の言葉を聞くと、花が咲いたような笑顔を見せて私に笑いかけた。

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