忘却の彼方に

*19

黒い肌にうっすらと汗を滲ませ、軽く息を荒げた男が高く掲げた大剣は、風を切って振り降ろされた。
おそらく相当の重量があるそれを、男は難なく振り続ける。それを眺めていた私は、無感動に呟いた。

「相変わらずだな」

私は世辞でも揶揄でもなく、思った通りを述べる。男はその言葉に動じることなく、しかし剣を振りながら答えを返した。

「筋肉こそ男の全て。男に生まれたからには持ち得る筋肉を極限までに鍛え上げねばなるまい」

「…そんな極論はご免被る」

「なんだ?羨ましいのか?それとも…俺の美し過ぎる肉体に惚れてしまったのか?!…生憎だが、俺は男勝りな女を相手にする趣味はない」

「男勝りで悪かったな…貴様なぞこちらから願い下げだ」

「そこまで言わなくても…」

幾分傷付いたようにガノンドロフが呟く。だが私はそれをまるで無視して続けた。

「第一服を脱ぐ理由が分からん…露出狂か、貴様は」

そう、ガノンドロフは何故か上半身を外気に晒した状態で剣の素振りをしていた。確かに素晴らしい筋肉ではあるが…と思ったが、私にも女王護衛隊隊長という地位がある。顔をしかめてみせて、続けた。

「とりあえず服を着ろ」

「む…」

私が顎で脱ぎ置かれた衣服をしゃくってみせると、ガノンドロフは負けじと食い下がって言い返した。

「インパは些か規則にうるさ過ぎる」

「悪かったな…では規則にうるさい私が貴様を騎士団刑法第658条の下に処罰してやろうか」

「…遠慮する」

苦笑した風のガノンドロフは、私が腰に差した短剣に手をかけるのを見ると小さく肩をすくめた。
そんなガノンドロフが着衣するのを待つ間、私の思考は飛躍して一人の男のことを考えていた。最近王女護衛隊に配属された、若い金髪の男だ。
確かに腕は立つ。それも、王国最強とも言われるガノンドロフと斬り結べる程だ。しかしそこに至るまでの経緯が全く謎なのだ。簡単に言えば素性がまるで分からない。果たしてそんな男を姫様のお側に置いて良いものか。

思考はいつしか不安となり、私の心を満たしていく。耐え切れず私は率直な不安を口にした。

「どう思う?」

「何を」

目的語のない問いに、ガノンドロフが問い返す。私は短くその名を言った。

「リンクだ」

あぁ、と笑ってみせるガノンドロフに私はさらに言葉を重ねた。

「素性も割れない男が、あれだけの実力を有しているのだ。疑って然るべき存在だろう…少なくとも私はそう思う」

「まさしく」

対するガノンドロフの反応は曖昧だった。同意するとも否定するとも言えない微妙な表情で、あらぬ方向を見つめている。
しばしの沈黙の後、今度はガノンドロフから問いがあった。

「リンクと手合わせしてみるか?」

「は?突然何を…」

「口で語るより剣で語る方が、お前にもアイツにも合っているかと思ってな」

答えに窮して黙り込む。私のその様子を見越してか、ガノンドロフはさらに続けた。

「一応俺はアイツの過去を知っている。だがアイツは、他人の口からそれが話されることを望まないだろう」

「…それは信用していいと言っているのか」

「どうせお前のことだ、自分の目で確かめねば納得しまい」

「それもそうだ」

薄く笑ってガノンドロフに答える。軽く跳躍して中庭の壁によじ登ると、ガノンドロフを振り返って言った。

「私はしばらく持ち場を離れる。姫様を頼んだぞ」

「任せろ」

軽く手を上げて応えると、私は石造りの塀の上を駆け出した。



「…ん…」

「どうした、新入り」

私は僅かながらに背後に気配を感じて振り返った。しかし振り返った先にいたのは先輩の近衛兵のみである。気のせいだったか、と思いもしたが、この兵が気配を消して私の背後に回るとは考えにくい。

――誰かいる。

「…すみません、練兵場に物を忘れてきたようで」

「何?…だったらいますぐ取ってこい。ったく、新入りはこれだから…」

ぶつくさと小言を言われるのも構わず、練兵場の方へと駆け足に進む。しかし練兵場には向かわず、人気のない広場で足を止めた。

「何か…ご用でしょうか」

恐らくその人がいるであろう場所に見当をつけて声をかける。しばらく返事はなかったが、私が再度「ご用件は」と問うと、白く塗られた城の塀の上からしなやかな動きで誰かが降りてきた。あぁ、このシーカー独特の登場の仕方はあの人しかいない。

「インパ殿ですか」

「よく分かったな」

着地の衝撃をものともせずに、立ち上がったインパが威厳と圧迫感をもって私を見下ろした。
――やはり背が低いのはいただけない。
場違いな思考を引き戻し、目の前に立つインパをまじまじと見つめる。その姿を見る機会は、王城仕えになったおかげで格段に増えた。が、このように正面きって対峙するのは七年振りである。かつて見知ったままのインパが、そこにはいた。
感慨深い…とも思うし、何故今?という疑問もある。インパは私と違ってゼルダの側近だ。片時も彼女の側を離れることはないはず…。

「リンク、と言ったか」

「えぇ」

懸念はとりあえず置いておき、インパの問いに答える。だが久々に聞くインパの声は心なしか固い。なんとなくインパが敵意をむき出しているように思うのは私の気のせいだろうか…だといいが。
しかし私の悪い予感は予感で終わらなかった。気難しい顔をしたインパは、腰に差した短刀を抜き放つと、私に向かって「抜け」と指図する。思わぬ展開に立ち尽くす私に、インパは苛々したように促した。

「抜け…男なら気合いを見せろ」

「え…ちょ…話が見えないんです…が!」

私がおろおろしているうちに、インパは素早く駆け寄り鋭い一閃を繰り出した。その速さたるや、私の抜刀が間に合わない程で、仕方なしに上半身を反らしてバック宙をしてみせる。勿論その際に蹴りを放つことも忘れなかった。
着地してすぐさま背に負った剣を抜く。出し抜けに放った蹴りは、空を蹴っていた。さて、インパは次に何処から来るか。

――右!!

高らかな金属音が辺りにこだました。

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