忘却の彼方に

*18

嗚呼。やはりこの男は私の永遠の宿敵としてふさわしい!
絶対的な力!一体誰がこの男に敵うだろうか。
先の攻撃で既に私の腕の感覚は麻痺している。剣が折れなかっただけ奇跡に近い。
“馬鹿力”というのも単にあの男の力を揶揄したものではない。あれは私なりの精一杯の賛辞なのだ。

飛躍した思考を引き戻して斬り合いに集中する。大振りな男の技は避けるのに苦労はしない。かといってその速さも威力もかすっただけで致命傷となりかねない。と、すると自然に攻撃は慎重にならざるを得ない――勿論自分で“実力を確かめろ”と言ってしまった手前、ちまちまと戦局を運ぶ気は微塵もないが。
幸い私の身体はあの男より一回りも二回りも小さい。大振りな男の間合いに入るのは容易いことだ。ぶつくさと考えているうちにも――その瞬間が来た――!!

「…!」

大きく空いた男の懐へ入り込み、まず下から上へ跳ね上げるように剣を振り、同じ軌道で剣を返す。さすがにそれぐらいでは男もやられてはくれず、全て防がれたが私とてこの程度で終らせはしない。
一瞬後退して間合いを取り、お互いの射程距離より外れた位置から放つ私の切札。

回転斬り!!

間合いが若干広まるこの技だが、もともと射程距離から外れている訳だから剣による物理的な攻撃は届かない。しかし回転斬りの最大の利点は斬撃が飛ぶこと。本来の攻撃範囲を無視した、予測不可能な攻撃が可能なのだ。

予測不可能、な筈だったが。

「…なんで見切られましたかね」

私の剣が斬撃を飛ばすより速く、男は接近してきて剣の回転を止めた。結果、私には大きな隙が出来ただけで、首筋にひたと冷たい金属が触れるのを感じた。

「回転斬りを出す直前の動きが大きい。一度でもお前のあの技を見ておれば、見切るのは訳ないこと」

私の問いに低く答える男。そういえば、子供の時に回転斬りを見せたんだっけ。それにしてもあの一回で全てを見切ったとは、恐ろしい男だ。

「なるほど…」

言って苦笑する。未だ闘いの興奮は醒めないが、戦意は無くなっていた。私は上げていた剣を降ろす。同時にガノンドロフも私の首から大剣を離した。
そのガノンドロフの動きを確認してから剣を鞘に収め、地に片膝を付く。ガノンドロフは不審そうに私の行為を見下ろしていた。構わず私は頭を垂れ、言葉を紡いだ。

「参りました…私の負けです」

刹那、今まで固唾を呑んで見守ってきた観客の声が、一挙に戻ってきた。どちらかに対する賛辞ではなく、闘いそのものに対する歓声は、長らく止む気配がなかった。

「…俺に勝とうなぞ、数百年早い」

垂れた頭にかかったその言葉。その通りだ、と再び苦笑した。
しかしガノンドロフは私から離れていく間際、小さくこうも呟いた。

「悪くはなかった」

「…え――」

私が何か聞き返す前に、武闘会表彰式の始まりを告げる鐘の音が辺りに大きく響き渡った。



「…という訳で、お前は今日から王宮勤務だ」

武闘会から一夜明けた今日、ガノンドロフに呼び出された先で告げられた言葉は、あまりに突拍子もなく理解するのに時間がかかった。

「は…?ちょっ…いやいやいや!そんなあり得ない人事がまかり通るんですか!?」

思わず突っ込む。ついにもうろくしたか、この魔王も。
だがガノンドロフは高級そうな紙を私の前に突き出すと「読んでみろ」と促した。

「…“ハイラル王家騎士団員リンクを、本日よりハイラル王女護衛部隊に配属する”…明らかにコレ職権乱用ですよね!?暴利を貪ってるじゃないですか!」

言われた通りを読み上げ、その後すぐさまガノンドロフに詰め寄る。しかし当の魔王は豪快に笑ってみせて「ふはは、聞こえんなぁ」と答えた。

「呆れた…権力を欲しいままに…それで城内の貴方の評判が下がらないとも限らないのですよ」

「ふん、使わなくては何が権力だ。そもそも権力とはふりかざす為にあるものだ」

「開き直りましたか」

「それとも何か?姫の近くは嫌か?」

「嫌な訳ないでしょう!願ったり叶ったりで…あ」

つい口が。というか本音が。
ガノンドロフはにんまりと笑うと私にその高級そうな紙を突き付けた。

「もう決まったことだ。それに昨日の武闘会を見て誰もがお前の実力を知っている。今更依存のある者などなかろう」

こんなにあっさりと受け取ってしまってもよいものだろうか。本当に私はゼルダを守り通すだけの力があるのだろうか。
こういう時に、なんと表現すれば良いのか分からず、私はガノンドロフを見上げた。しかし魔王は威圧感たっぷりに私を見下ろすと「受け取れ」とだけ言った。
それでもまだ私が紙を受け取るのを渋っていると、ついにガノンドロフが言った。

「何を悩む必要がある。お前は何の為にハイラルに帰ってきた?――独占欲の強いお前のことだ、おそらく第一に浮かんだのは時姫のことだろう」

「む…」

図星。
そうだ。確かに失われた情報を取り戻したいとは思った。だがそれより先にゼルダの安否が気になった。
つまるところ、私の中を一番に占めるのは彼女であって、私の行動を制御するのも彼女なのだ。

「そういえば、そうでしたねぇ」

そう言われては苦笑するしかない。
ついに私はゆっくりと手を伸ばして、ガノンドロフからその紙を受け取った。

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