忘却の彼方に

*17

口で言うだけあって、男の腕は確かだった。正面から攻撃を受ければ自分の腕がいかれてしまいそうだし、巨体に似合わず動きは俊敏である。
しばらく男と斬り結んだ私はそう結論付けるがしかし、心中では微塵も焦りを感じなかった。というかもうなんか疲れた…早く家に帰りたい…あ、家ないんだった。

「おいお前!集中してんのか?!」

私の心を見透かしたように相手が怒鳴る。対戦中の相手にこんな指摘を受けるとは、私は相当上の空だったらしい。

「すみません。ちょっと考え事を…」

言いながら、相手の鉞が頭上すれすれで横薙に払われるのをしゃがんでかわす。同時に足を踏み出し死角から突きを繰り出したが、それは相手が身につけた甲冑によって阻まれた。刹那、本能的に危険を察知した私はバック宙で相手から離れる。その残像を追うように振り下ろされた鉞が、大きく地面を穿った。
アイアンナックに入ってたの、この人なんじゃないかな。

「やるなぁ…俺のこの技を避けた奴ぁお前が初めてだ」

「そうですか」

「俺様の究極奥義・魔巓髏(まてんろう)は、極限まで高められた俺の筋力と、そのパワーが余すことなく遠心力とともにこの鉞にかかることでいかなる物をも貫き通…」

相手の男は得意気に技の解説を始めるが、勿論私はそれを聞く気はない。剣を使うまでもないと判断して、男に飛び蹴りを見舞った。

「…ってコラ、まだ説明…げっふぅぅぅ!?」

情けない悲鳴を上げて数メートル吹き飛ばされた後、男は闘技場に沈んだ。私はゆったりと着地した。

「勝者、No.108リンク!」

高らかに審判が私の名を叫ぶのを聞くや否や、会場は割れんばかりの歓声に包まれる。会場の誰もが口々に私を誉め称えているようだが、特に大したことはしていないのに持ち上げられるのはいい気がしなかった。

「……?」

それにしてもこの会場の盛り上がりぶりはおかしい。いくら私が全戦全勝で勝ち上がっているとは言えど――。

「あ」

そういえば。私はすっかり忘れていたが。

「今の、決勝戦だっけ」

そりゃあ盛り上がりもするなと納得しつつ、決勝戦であるということも忘れてしまうような内容の薄い武闘会を回想し、私は一人苦笑した。



「今回の武闘会は大きな収穫でしたね。あんなに武芸に長けた方を騎士団に引き込めるなんて」

人より一段高い椅子に腰掛け、武闘会の様子を眺めていた女は呟いた。その目線は、既に緊張感の欠片もない緑衣に金髪の男の姿を追っている。そのすぐ横に控えた俺は小さく同意を示すように笑い声をもらした。

「ゼルダ姫にも楽しんで頂けたようで何より」

「楽しんでなんかいませんわ…殿方が本気で斬り合うなんて、恐ろしくてなりませんもの」

俺の指摘に女――ゼルダは憤慨したように答えた。しかし俺が見ていた限りでは、姫もなかなか試合展開に夢中になっていたようだが。リンクが華麗な技を決めた時に歓声を上げたのは、一度や二度のことではない。

「でも、一番消化不良なのは貴方でしょう?ガノンドロフ」

「…何が…?」

唐突に話題を変えられた俺は、素でゼルダに問い返す。ゼルダははんなりと笑んだ。

「あのような腕の持ち主を前にして、ただ見ているだけだなんて貴方には似合わないかと」

ゼルダが悪戯っぽく俺に言う。あぁ、そうか。この姫は、俺が無類の戦闘狂であることを知っていたのだったな。

「それは…俺に闘技場に降りても良いという許可がおりたと見なしてよいのか?」

「どうぞお好きになさってください。あと、やり過ぎは禁物ですよ」

「分かった」

姫の護衛はインパという女戦士に任せ、俺は腰に差していた大剣を持って闘技場に降り立った。一時闘技場は水を打ったように静まり返る。そんな中、副隊長が狼狽したように俺とリンクとを見つめているが、一方でリンクはようやくその眼に燃え盛る炎を宿してこちらを見返した。

「た、隊長…一体何を…?」

狼狽した表情そのままに副隊長が問う。俺は微かに口の端を吊り上げた。

「先の試合だけではこの男の実力が分からなかったからな。俺が直に確かめることにした」

「そんな!」

副隊長がひどくショックを受けたように答えた。それもそのはず、魔王とすら呼ばれるこの俺の実力を知る者なら、大抵の人間は正面から俺と闘おうなぞと考えまい。

そう、この男を除いて。

「貴方と真剣勝負が出来るだなんて、光栄に思いますよ」

物怖じする様子も見せず、その男は愉快そうに碧の眼を細めた。どこまでも飄々としていて、付け入る隙のないその瞳。今はその瞳が自分だけに注がれ、今の奴の言葉が単なる社交辞令ではないことを物語っている。

「七年の年月が、貴方にとって敗因とならなければ良いのですが」

こんな軽口さえ叩いてみせる余裕。

「抜かせ…俺はまだまだ現役だ。貴様こそ腕を上げたのだろうな」

「直に確かめられてはどうですか」

とても七年前の無垢な少年だった頃の奴からは、想像も出来ないような黒い笑み。それにつられて俺も僅かに笑いを浮かべた。
昂ぶっているのだ。
お互いに、久しく互角の力を有する者に会う機会がなく、やっとめぐってきた対戦相手に歓喜し、興奮している。
それまで片手に剣しか構えていなかったリンクが、背に負った盾を構えた。先の試合までの棒立ちスタイルではなく、低く構えて僅かに左右に揺れながら、いかなる急襲にも対応出来るようにしている。

「気を抜くなよ…加減などする気は毛頭ない。下手すると死ぬぞ」

「その言葉、そのままお返ししますよ」

やんわりと笑んだ男の姿は、次の瞬間消えていた。

何処に、と探す前に凄まじい殺気を横から感じ、反射的に身を翻す。その俺の身体をかすめるように、奴の剣が先程とは全く違った鋭さをもって払われた。

瞬時に理解する。――この男は今まで本性の片鱗すら見せていなかったのだと!
その事実は、しかし俺の心に火を付けもする。なんという圧倒的な力!これこそ俺が本気で向かうにふさわしい男!

思考は飛躍しているものの、身体は戦いの記憶が染み付いている。奴が剣を払った直後に出来た僅かな隙に、俺も大振りの剣を横薙ぎに振るった。
奴は避け切れないと踏んだのか、剣を両手で縦に構え直すと俺の大剣を正面から受け止めた。激しく金属の噛み合う音が辺りにこだまする。
奴の身体は俺の渾身の一撃を受け止めるにはいささか小さ過ぎた。それでも奴が――一撃を受けた衝撃でかなり後退してはいたものの――俺の太刀を止めたことに変わりはない。
力は拮抗し、しばし釣り合って静止する。

「…馬鹿力…」

揶揄するように呟く男の顔には、今にも笑い出しそうな狂喜の色が濃い。俺は鼻で笑ってみせた。

「俺としてはこの一撃を受け止める貴様もなかなかの怪力の持ち主だと思うがな」

同時に声を上げて短く笑う。その後、二人で示し合わせたように剣を弾き上げると再び激しく斬り合いを始めた。

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