忘却の彼方に

*16

ガノンドロフに付いていくと、とある居酒屋に着いた。いかにも「未成年お断り」といった雰囲気である。ちなみに私はギリギリ未成年だ…って駄目じゃん!
しかしガノンドロフはカウンターの男に「ロンロン牛乳二つ」と言うと、私に隣に座るよう促した。

「酒が良かったか?」

私が不思議そうにしていると、クツクツと低い笑い声をもらしてガノンドロフが聞いた。私は小さく首を振る。

「いえ、まだギリギリ未成年なんで」

「まぁ…なんでもいい。俺も外では飲まんようにしているからな」

でも端から見たら変な図だろうな。いい歳した二人がバーで牛乳飲んでいるんだから。
そんなことをぼんやり考えながら出された牛乳に手を伸ばす。久々に飲むロンロン牛乳は、些か味が濃かった。

「さて、これからどうする?」

唐突にガノンドロフが話題を振る。しかしそれも想定の範囲内だった私はほとんど間を空けず答えた。

「私を…騎士団に入れて下さいませんか」

「ほう?」

どこか面白がるように続きを促すガノンドロフに、私は素直に従った。

「ただの風来坊剣士じゃ、やれることも限られてきます。やはり確立した地位と権力が、今の私は欲しいのです」

「それだけ?」

尚もしつこく尋ねてくるガノンドロフに、彼が言わんとする所を察した。この男、全てを見透かしているのに、私の口からそれを言えというのか。

「お前が騎士団に入りたいと望む、本当の理由はなんだ?」

あぁもう。

「…ゼルダ姫が」

ゼルダが。

「騎士団に居れば、ゼルダ姫にも会えるかと」

言ってしまった。というか言わされた。ガノンドロフはまさにしてやったりと言うような顔でにやりと笑うと「なるほどな」と呟いた。
この腐れ魔王め…。

「そんな悩める勇者に吉報だ」

何がしたいんだこの魔お…え?吉報?

「来月から騎士団選抜の為の武闘会が開かれる。時姫も見に来るそうだが…参加するか?」

なんと都合のいいタイミング。いや、これを主催するのは騎士団隊長たるガノンドロフであろうから、ここはガノンドロフに感謝すべきか。

「で、どうする。出るのか、出ないのか」

「…参加いたしましょう」

決意表明と共に、私は牛乳を一気に飲み干した。


それから武闘会当日までは、ガノンドロフが用意してくれた城下町の宿屋の一室で夜や雨風をしのぎ、昼間は平原に出て剣の腕を確かめた。一度夜中に平原に出て、魔物と戦ったこともあったが、返り血を洗い流すのが面倒になったのでそれっきりやめた。


迎えた武闘会当日――。
待ちわびた武闘会はしかし、非常に物足りないものであった。どの相手も通り一辺倒な攻撃しか仕掛けてこず、倒すのにものの五分と経たなかった。
これもハイラルが平和であるゆえ、と妙に安堵もしたが、この調子が三日も続くとなると――ガノンドロフによれば、トーナメント方式で三日に分けて行われる――幾分気が滅入った。
しかしそんな私の内実はいざ知らず、ハイラルでの私の評判は概ね好評であった。やはり騎士団選抜の武闘会とあって国民の関心は高く、同時にいともあっさりと対戦相手を倒す私の名はごく短い間に広く知れ渡ることとなったようだった。
そういう訳で、武闘会最終日の会場は、私の登場によって大いに盛り上がっていた。

「両者、前へ!」

会場の歓声を全く意に介せず、審判を努めるハイラル騎士団現副隊長が短く言った。私は言われた通りに歩を進め、慣例にならって試合前の握手の為に相手に手を差し出した。一方相手は闘志満々というように私の手を力を込めて握ってきた。
痛いからやめてほしい。
その段になって初めて相手の容姿を眺めたが、大きな巨体にいかにも重そうな鉞(まさかり)を持った彼は、いささか私が相手をするには荷が重すぎるように見えた。

「今噂の新人というからどんな奴かと思えば…こんなちっこいガキだったとはなァ」

そう言わないで欲しい。身長が低いのは私も気にしているのだから。
しかし私が黙っていると、相手は調子に乗って言葉を続けた。

「――だがな、俺と当たったからにはお前の快進撃もおしめぇよ。今回の最有力優勝候補の俺となァ、え?怪我したくなかったら尻尾まいて逃げ出すこった」

「私語は慎め」

審判が低く彼をたしなめる。彼は「悪い悪い」と言うと鉞を私に向けた。私も黙って背に負った自分の剣を抜いた。

「余計な言葉は要らねぇってか…じゃあ行くぜ!」

「始め!」

大歓声の中、かろうじて聞こえる審判の試合開始の声と同時に、騎士団選抜武闘会最終日の火蓋が切って落とされた。

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