忘却の彼方に

*14

久々の帰郷だと言うのに、この落ち着きようは何だろう。常に思い焦がれてきた思い出の地に私は足を踏み入れたはずなのだが、私の心には微かな波紋さえ立たなかった。
ふと私の能面のような表情の薄い白い顔に、自嘲的な笑みが浮かぶ。

この七年間、自分で今のような感情の乏しい心と顔を作り上げてきたのだ。何の感慨も湧かなくて当然だ。

かつて私が故郷と思い、そして常に守るべき対象であった神に恵まれた地――ハイラル。私はその思い出の地の緑豊かな大地を確かに踏みしめていたが、先にも述べた通りその実感は薄い。私は少々複雑な思いを抱えながら、目に見えない国境を越えた。

そう。
時の勇者リンクは、過去の因果の全てに決着を付ける為、再びハイラルに戻ってきたのだ。
まさしくあの日から七年経った今、私は大きくなった身体でハイラル平原の風を浴びながら一人呟いた。

「七年経っても風の匂いは変わっていませんねぇ」

平原は物を言わない。ただ穏やかな風が、私の金の髪を揺らすのみであった。



「待ちわびたぞ」

私が一路向かった先で開口一番にそう不満を述べたのは、現ハイラル騎士団隊長のガノンドロフ。――かつては大魔王とさえ呼ばれたかの男は、七年の間により一層の凄みをもって私を迎えた。
一方同年代の男子に比べ、平均的――むしろそれより幾ばくか小さい私としては、ガノンドロフの隆々たる肉体を羨ましく思うのだった。

「これでも早く来た方です。褒めて下さい」

「ははは、そうだな。相変わらずで何よりだ」

私の軽口に豪快に笑って答えるガノンドロフ。私も僅かに口の端を吊り上げて見せた。

「しかし、たかが私一人の為にハイラル騎士団隊長直々のお出迎えとは。有り難いと言うべきか、ハイラルが平和で暇なのだと解釈すべきか」

「やはり口は減らぬか、小僧。だが暇だというのも事実だな」

「それを聞いて安心しました。平和に越したことはない」

私の軽い調子を受けて、ガノンドロフの口調も自然とくだけたものになる。人との付き合いを避けて七年を過ごした私ならいざ知らず、一人種族の違うガノンドロフがいかにハイラル騎士団の中で苦労したのか、話しぶりから十分推測出来る。ああ見えて彼はなかなか繊細だし、変なところで神経質だ。

「だが俺はこの程度で、時の勇者のハイラル帰還に際しての迎えが大袈裟だとは思わんぞ。むしろ寂しいぐらいだ」

「――もう私は時の勇者なんかではありませんよ…それに時の勇者だったとしても、やはり隊長直々のお出迎えは少々気が引ける」

ガノンドロフは控えめに意見する、といった感じで私の表情を窺いながら言った。私は表情の変化を見せず、貼り付けたような笑みを浮かべるのみだった。
しかしそれがガノンドロフには不満なようで、釈然としない様子がありありと窺えた。

「…良くも悪くも私はこの七年で変わりました」

なんとなく弁明の必要に駆られた私は、ぽつりと言葉をもらした。その言葉は自嘲的にも悲観的にも取れたかもしれない。ガノンドロフは何か言おうと口を開いたが、結局何も言わないうちにうつ向いた。
暫く流れた沈黙の後、私たちはどちらともなく歩き始めた。向かう先は決まってないが、なんとはなしに動いていなければ気まずいように思った。
先に沈黙を破ったのはガノンドロフだった。

「確かにお前は…変わったかもしれん」

「えぇ」

「だが状況も変わった」

ガノンドロフは立ち止まり、横に並んだ私の頭に手を置いた。――おいおい、今さら私を子供扱いするのか。

「一人でいる間、何があったか知らんが…」

色々あった。だから私は変わった。

「お前はまだ子供なんだ」

違う。私はもう無力な子供でない。こうして貴方とも肩を並べて歩けるほどに成長した。

「だから――」

だから?

「たまには誰かを頼れ」

誰かを?今まで他人と関わらないようにして、何もかも一人でやってきた私が、一体誰を?

「…それは、出来ない」

それだけは嫌だ。それが私の率直な答え。
誰かを信用するということは、裏切られるリスクをも負うことだ。あいにく私は、その危険な綱渡りをする度胸がない。
無表情に呟いた私の頭を、ガノンドロフは乱暴にぐしゃぐしゃと撫でる。これじゃ私が、まるで子供――。

「俺を頼れ」

「…は…?」

「俺は魔王だ。生半可な御託は言わん」

最後の言葉と同時に私の頭から重みが消え、ガノンドロフは私を待たず歩き出した。
不思議と子供扱いされたことに対する怒りは湧かなかった。
髪がくしゃくしゃなのも気にせず、私は呆けたように立ち尽くした。触れられた部分が妙に温かった。

「そういえば言い忘れていたな」

ふとガノンドロフが立ち止まる。声の調子から相手が不敵な笑みを浮かべているのがよく分かった。

「よく帰ってきた」

振り返りもせず、ぶっきらぼうに呟く。でもその態度が、言葉が、仕草が全て、私を安堵させる。
貴方はそれに、気付いているのですか?

「いつまで突っ立っている。行くぞ、リンク」

嗚呼。
神様。
どうしてあの男はこうも意地悪なんでしょう。
あの男の前では、私はどうしようもなく子供で。
どうしようもなく頼りなくて。

ただ名前を呼ばれただけなのに。

こんなにも嬉しいなんて。



やっぱり私は、まだまだ子供、なのですか?

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