忘却の彼方に
*13
「要するに、アンタに一番気をつけてもらいたいのは、命を狙われてるってことを自覚しろってことさ。それが意味することが何か、分かるかい?」
「さぁ…もっと強くなれってこと?」
「この先アンタは、周りの人間を巻き込むかもしれないんだ」
「な――」
ツインローバの言葉にしばらく声を失う。
考え付きもしなかった。僕が周りの人間を巻き込むだなんて。
ついこのあいだ、人間不信から立ち直ろうと少し前向きに考えるようになったというのに、さらに僕を世間から遠ざけるようなイベントばかりが発生するとは。
「だから、アンタはかなり長い時間を一人で過ごすハメになるだろうよ…出来ることならアタシが一緒に居てやりたいんだけど、アタシが居ると魔力のデカさやらアタシの美貌やらで目立ってしょうがないだろ?」
ツインローバが申し訳なさそうに呟く。最後のセリフも本気で言っている辺りが少し怖いが、少なくとも彼女が僕のことを心配してくれていることはよく分かった。
だから僕も、せめてツインローバを安心させられるように精一杯笑ってみせた。彼女にしたって、ガノンドロフと共にハイラルを支える重役を担っており心配事が絶えないはずだ。たかだか僕一人の為に気を裂く必要はない。
「僕なら大丈夫。きっと上手く――」
そう言いかけて思わず身をすくませた。何故ならそのとき、巨大な爆音が辺り一体に響いたからだ。
振り返った先の程近い場所に小高い丘があった。そこに建つ屋敷からはもうもうと黒煙の柱が立ち上がる。同時に上がる赤い炎。燃え上がる建物の中から女の悲鳴が響いた。
今まさに燃えているその場所は、僕が剣の教えを受けていた師匠が住まう屋敷だった。
「か…火事!?」
違うとは分かっていても、ツインローバに同意を求めて鋭く尋ねた。ツインローバは苦々しい面持ちで首を横に振る。
「強大な魔力を感じる――恐らくアンタの情報を消したヤツの仕業だ」
言いながらツインローバは手を叩き、どこからともなく箒を取り出した。その柄に跨り、次いで僕にその褐色の腕を伸ばした。
「アンタも乗りな。今なら屋敷にいる人を助けられるかも」
強い光を湛える金の瞳に少しばかりの勇気をもらい、僕はその手を掴んだ。
僕らは程無くして屋敷に辿り着いた。背に負った剣を鞘から抜き、さらなる敵襲を警戒して屋敷に残る人々の救出に向かう。
しかし火は予想を遥かに上回るスピードで屋敷を舐め尽していた。僕らが屋敷に着いた時には既に全ての部屋に火が回り切り、なんとか逃げ延びた屋敷の使用人が屋敷の側に呆然と立ち尽くしているだけだった。
「畜…生!何だって言うんだ…!!」
僕はごうごうと燃え盛る屋敷を見上げて毒付いた。手に持った金剛の剣を、力任せに地面に突き刺す。
間に合わなかった。
どうして何の関係もないあの人たちが。
金剛の剣は燃え盛る屋敷の炎を反射して、赤々と煮えたぎるような不思議な色合いを見せているが、僕にはそれを美しいと思う暇さえなかった。
「何で…何で関係ない人を巻き込むんだよ…!!」
すっかり日の落ちた空に叫ぶ。ツインローバは沈痛な面持ちで僕を見据えた。
「こんなことが、これからたくさん起きる。…それをアンタは…耐えられるかい?」
「耐えられる訳ない!」
間髪を入れず怒鳴る。ツインローバは目を見開いて固まった。しかし僕は構わず続けた。
「元より耐える気なんてない…二度とこんなことがあってたまるか…起こさせてたまるか!」
もう誰も傷付けさせない。
それぐらい強くなって、目に映った人全てを守り通してやる。
たとえそれが名も知らぬ人だろうと。
たとえそれが己の命よりも大事な人だろうと。
ツインローバは僕の言葉を聞くと、薄く笑って「そうでなきゃ」と呟いた。
先も見えぬ路だけど、全てが暗い訳じゃない。
微かでもいい。どんなに小さな希望でも、それはいつしか光り輝く道標になる。
希望は捨てない。
何故なら僕は勇者。
神に選ばれし勇気の女神の恩恵を授かる者。
いつか来るハイラルに戻る日を信じて、僕は僕に出来ることをするまでだ。
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