世界よ、愛しています

*追憶1

「引っ越し?」

そう聞き返すのはロイ、答えるのはピカチュウである。ピカチュウはロイの手からクッキーを受け取り、それにかじり付きながら頷いた。

『そう、今朝の乱闘のあとにマスターが。みんなに伝えといてくれって』
「どうしてそう重要なことを…」

ロイが呆れたように溜め息を吐く中、子供たちが興奮気味に「引っ越しするんだって!」と叫びながら屋敷を走り回っている。言伝の心配はとりあえず無用とし、ロイはピカチュウと、同じくマスターから言伝をもらっていたファルコを見る。ファルコもロイ同様マスターの情報管理の杜撰さに肩を竦めた。

「理由も何にもねぇ、ただ“思い付いたから”引っ越しだとよ。困ったもんだぜ」
「まぁ、マスターらしいな」
『出発は準備が出来次第、すぐにでも、だって』
「本当にいい加減な神様だな…」

もう笑うしかないロイである。そんなロイの肩を叩き、ファルコは「じゃあまたあとでな」とその場を去っていく。その背に気のない返事を返し、ロイも自室に荷物を纏めにいくのだった。

***

物には不自由しない恵まれた環境がこの屋敷には整っていたが、かといってロイの私物は決して多くなかった。家具の類は元より屋敷の備品だし、身一つと封印の剣だけでこの世界に来たロイには当然のことだ。
それでも気に入っている小物や書物、衣類を詰めれば旅行鞄一つ分にはなり、心なしかロイは満足しながら部屋を出た。特に名残惜しさはない。これから向かう新天地の情報は何一つ無いが、それでもロイにはそこが居心地のいい場所であるという確信があった。

廊下に出ると、隣の部屋のマルスがロイよりも少ない荷物を膝に乗せ、安楽椅子に腰かけてぐらぐらと揺られていた。その安楽椅子はマルスが特別気に入っている家具であり、恐らく持って行くつもりで廊下に出したのだろう。

「一人じゃ運べないだろ、それ」

ロイは自分の荷物を肩に担ぎながら言った。が、マルスはにこやかに笑ってそれを制す。

「心配いらないよ。さっきドンキーに頼んだから」
「ああ、それなら」
「リンクは終わったかな?」

マルスが立ち上がりながら言うと、ちょうどリンクが部屋から顔を出した。大きな古めかしいトランクを抱えている。おや、とロイは意外そうにその様を眺めた。

「そんなに荷物があったのか」
「ええ、調理器具を一式」

リンクははにかんでトランクを揺する。がちゃがちゃと鈍い金属音が響いた。

「向こうに着いてから、きっと皆さんお腹が空くだろうと思って」

今から出先の食事の心配をする勇者を、マルスとロイは苦笑混じりに見守る。時刻は昼過ぎ、何処へ向かうかは知らないが、しかしリンクの配慮は歓迎されるだろう。
廊下にはばらばらと荷造りを終えた住人たちが姿を現し、最後まで荷造りをしていたのはピーチであった。ピーチはマリオ、ルイージ、クッパ、ヨッシーに荷物持ちを任せ、自身は小さなボストンバッグを提げて上機嫌である。

「今から出発したら、着くのは夕食時かしら?」

暢気にそんなことを呟くピーチに、何処からともなく答える声が響く。

「夕食時には間に合わないかもなぁ。“方舟”で食事を取ってもらうかもしれない」
「あ、マスター!」

ポポとナナが声を上げる。広間に集まりつつある面々を、白い手袋の姿をした創造神マスターハンドが出迎えた。
一方、方舟と口の中で呟く子リンに気付いたか、マスターは指をパチンと鳴らして両開きの木製の扉を開く。据え付けられたベルが小気味良く音を立て、日の傾き始めた外界の空気が屋敷に流れ込む。
同時に目に飛び込んできた光景に、ほとんどの屋敷住人が息を呑んだ。

屋敷の前に鎮座していたのは、木製の巨大な方舟である。さながら神話を思わせるように聳えるその姿は、新天地への旅路に相応しいといえば相応しい。
…が。

「“ノアの方舟”ですか」

ゼルダが囁く。マスターは嬉しげに頷いた。

「そう、それだよ。まぁ今回これが進むのは洪水の中では無く空路なんだけど」
「悪趣味…」

ネスが毒吐く。空路を使うならば、初めから飛行機でも用意すればいいのに、と声に出さずとも顔に書いてある。マスターはそんな一向に気にする様子もなく続けた。

「忘れ物はないかな?良ければすぐにでも出発するが」
「コッチはオッケーヨ」

方舟の上方から拙い言葉遣いが降ってくる。マスターの半身である破壊神クレイジーハンドが、マスター同様手袋姿でひらひらと手を振っていた。
そんなクレイジーに体いっぱいを動かして手を振り返すのは小さな星の戦士カービィである。カービィは仲間を振り返り、満面の笑みを浮かべた。

「さ、みんな!早く行こ!」

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