忘却の彼方に

*11

「畜…生!何だって言うんだ…!!」

僕はごうごうと燃え盛る屋敷を見上げて毒付いた。手に持った金剛の剣を、力任せに地面に突き刺す。
金剛の剣は燃え盛る屋敷の炎を反射して、赤々と煮えたぎるような不思議な色合いを見せているが、僕にはそれを美しいと思う暇さえなかった。

「何で…何で関係ない人を巻き込むんだよ…!!」

僕の叫びは、紅く照らし出された夜のとばりに虚しく吸い込まれていった。


時を遡ること数時間前、僕はチューン帝国の端にある、ナホトカという街にいた。
その時僕がナホトカに着いてから、既に4週間ほど経過しており、僕もすっかりナホトカの街に馴染んでいた。かねてからの計画通り、僕は剣の師を探し出して教えを乞うており、礼儀作法も必要最低限のものながらその人物から教わっていた。

僕がたまたま街へ買い出しへ行く道中、突如として現れたのがツインローバだった。
例の「セクシーダイナマイト」ボディで登場したツインローバに、一瞬僕は言葉を失ったが、誰もが忘れた筈の僕の名をツインローバが呼んだとき、今度こそ僕はしばらく言葉を失った。

「リンク!リンクだろう?やっと見つけたよ!」

箒に跨ったツインローバが、遥か頭上からハスキーな声で呼びかける。一瞬何処から声がするのか分からなかった僕は、辺りをきょろきょろと見渡した。
すると再び高い位置から彼女が僕を呼んだ。その声の調子には、幾分僕の様子をからかうような響きがあった。

「どこ見てんだい、こっちだよ」

はっと頭上を見上げると、ゲルド特有の色の黒い肌で、若いとも老いたともいえる特徴を有した魔女が僕を見下ろしていた。実際彼女は400歳を超えると思われるが、その際僕はツインローバの実年齢を忘れた。
そんな僕の口から出たのは、驚きを隠し切れない動揺の色濃いもの。

「どうし…て…」

ハイラル中の皆が僕のことを忘れてしまったのだと思っていたが、それは僕の早とちりだったのか?僕の淡い期待はしかし、僕の隣に降り立ったツインローバの不審げな声に裏切られた。

「“何で”はこっちのセリフだよ…アンタの情報がハイラル中から消え去ったっていうのに、肝心のアンタが居ないもんだから探しに来たんだ」

「…やっぱり皆忘れてるんだ…」

肩を落として呟く。僕のあまりの落胆ぶりにツインローバは慌てて次の言葉を紡いだ。

「だがアタシとガノンさんだけは別だよ」

その言葉に顔を上げる。

「どうして?」

「それが分かりゃあ苦労しないよ」

ツインローバが肩をすくめて見せて、悪戯っぽく笑った。少しも困った様子のない、余裕を窺わせる笑みにつられて、しばらくぶりに僕も微笑んだ。久しぶり過ぎて、きちんと笑えたかは分からなかった。


ハイラルにいた時は、本当にませた餓鬼だと思っていた。
何もかも知り尽したような口調、澄ました笑み、何処までも冷めた碧の瞳。それでもかの姫が関わると、馬鹿みたいに一直線で熱くなる。そんな勇者を、少なくともアタシは好意を持って見守っていた。
でもハイラルにはアタシみたいなヤツばかりがいる訳じゃない。
やっぱり正義の味方に良くない感情を抱く奴等も少なくない。だからあの子は敵を多く抱えちまうんだ。
今にも泣きそうな笑みを見せた子供の顔を見つめてそんなことを考えながら、アタシは勇者――リンクの髪をくしゃくしゃと撫でた。リンクは気恥ずかしそうに眼を細めた。

「恥ずかしいよ」

苦笑いを浮かべながらリンクが言う。アタシはリンクの些か子供らしくない反応に呆れながらも、「子供は子供らしく喜びな」と軽口を叩いた。

「さて、そろそろ本題なんだがねぇ」

アタシはあくまで軽い口調は崩さず言った。というのもリンクが今までの出来事によって、見た目よりもかなり参ってしまっていることが分かっていたからだ。案の定リンクはその話題が出ると不安げにアタシの顔を見上げた。

「アタシは何もアンタと楽しく雑談する為にわざわざこんなとこまで来た訳じゃないんだ」

一つ間を置く。リンクが待ちきれずに「それで?」と続きを促した。アタシは深く息を吸ってから答えた。

「アンタに警告しに来たのさ」

そう。アタシは警告しに来た。
人の記憶を操作するなんて、並大抵の人間に出来ていい訳がない。だから、今回リンクを苦しめている犯人も相当な力を持ったヤツということになる。
いくらハイラルが魔法の支配する国といえど、そんなことが出来る人物は限られる。アタシとガノンさんとの間では犯人の目星は付けているつもりだ――まぁ、リンクに余計な心配をさせる必要もないから今は告げないが。
ふと目の前の少年をじっと見つめる。大きく取り乱すか――とも思ったが、金髪の少年は驚愕の欠片すら見せずにあっさりと頷いた。
むしろ先程よりも集中した、普段の勇者らしい表情に戻った気がする。普通の少年であったなら、このような事態に遭遇した場合気でもおかしくなっているだろう。それでも逆境にあってより強くなる少年に、アタシは頼もしさと同時に哀しさを覚えた。

運命が、かくもあの子の道を大きくねじ曲げたのだ。

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