忘却の彼方に

*10

――どういうことだ。時姫がリンクのことを忘れている。

俺は中庭の芝生を踏みしめながら答えのでない疑問に挑み続けていた。時姫がその手の冗談をかませるような人間でないことは知っている。そういえばリンクにもここしばらく会っていない。
ふと顔を上げると、城の巡回警備をしていた兵を見付けたので、声をかける。

「おい、お前」

「おや、ガノンドロフ殿。なんでしょうか」

「大したことではない。リンクという小僧を知っているか?」

俺が尋ねると、警備兵はきょとんとして俺を見上げた。

「どこの子供です?聞いたこともありませんが…」

「ならいい」

いよいよもっておかしい。以前時姫は、時の勇者としてのリンクの活躍を大々的に国に発表した。あまりに突拍子もない話なだけに信じたものは少ないが、少なくとも「伝説」として語り継がれるまでの知名度はある。要するに、リンクの名はハイラル中に広く知れ渡っていると言っても過言ではない。
不思議そうにしている兵士をよそに、俺は踵を返して歩き始めた。向かった先は噴水のある広場だ。
一応周りに人がいないか確認して、水面に視線を落とす。しばらく暗い水面が高く昇った満月に照らされてきらめくのを眺め、そして呟いた。

「ツインローバ」

『なんだい、こんな夜遅くに』

ゆら、と一瞬水面が揺れたかと思うと、そこに月影はなくなっていた。かわりに映し出されたのはキイキイ声で喋る二人の老婆の姿。
俺は不機嫌そうな相手の声音にも怯むことなく、用件を述べた。

「リンクという男を覚えているか?」

ツインローバは一瞬呆けたような表情をしたが、カタカタと乾いた笑い声を上げると少年の名を繰り返した。

『リンク!忘れるもんかい、あの小生意気な妖精の子だろう?』

ツインローバは同意を求めるように俺に問う。しかし俺はツインローバがリンクの名を叫ぶのを聞くと、ほっとしたようにため息を吐いた。

「お前は覚えているのだな…」

『どういうことだい、ガノンさん』

ツインローバが声を潜めて尋ねる。俺も同様声を潜めて答えた。

「リンクの情報(記憶)がゼルダ姫の中から消えている。もしかするとハイラル城内、いや…ハイラル全土からも消えている可能性がある」

『…はぁ?…そんなことして、誰に利益があるっていうんだい』

「分からん」

ツインローバからの問いにもろくに答えず、俺は「とにかく」と話を進めた。

「肝心のリンクが姿を現さない限りは、詳しいことが分からん。だからお前を呼んだのだ」

『要するに、アタシにリンクを探せってのかい』

「そういうことだ」

ツインローバが理解が早いので、俺は満足げに頷いた。しかしツインローバは怪訝そうに主たる自分を見上げた。

『考え過ぎじゃないのかい?あの子が姿を消すのはよくあることだし、情報が消えたってことだって、ほっときゃあの子は自分で何とかするだろ。それをアンタが手を出すなんて…』

そこまで言ってツインローバは、はっと口を閉じた。それから苦々しげな表情を浮かべると、『分かったよ』とだけ言い残し、噴水の水面に映った彼女らの影は跡形もなく消え去った。

ただ一人、中庭に残された俺は漆黒の夜空に浮かぶ満月を見上げてひとりごちた。

「ただの思い過ごしであってくれよ…」

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