忘却の彼方に

*6

次に僕が目を開くと何故か視界が真っ暗だった。夜なのか、と納得しようとしたがどうにも様子がおかしい。手足が動かないし、声も出せないのだ。

「…ん、っんん…!」

なんとか動こうともがいてみるがまったく意味をなさない。どうやら鎖のようなもので手足を縛られ、且つ猿轡をされているようだ。

「…なかなか整った顔をした餓鬼だ。お前もよく見つけてくるな…」

暗がりの外、どうやら僕は木箱のような物に閉じ込められているようだが、そこから聞き覚えのない低い男の声が聞こえてきた。誰かと話しているらしい。これは恐らく商談であるが、僕の目覚めたばかりの脳は、嫌な予感で満たされた。生憎、僕はそこらの同い年の子供とは勘の鋭さが違う。

「世辞はよせ…こちらは貰う物さえ貰えればいい」

相手の男の声が耳に届いた時、僕は愕然とした。否、予想していた最悪の結果に辟易したと言った方が正しいかもしれない。

「で、いくら払ってくれる?」

「まぁ…まだ餓鬼だし、200ルピーぐらいで…」

「おいおい!冗談はよしてくれ、最低でも300は貰っていくぜ」

「まったく…好きなだけ持ってけ!お前はウチの上客だからな、ユース」


声の主はユースだった。

今の話の内容と己の置かれた状況から察するに、彼は人買いであったのだ。そして自分はその人買いの口上に巧く騙され、現在に至る訳だ。

怒りは湧かない。
ただ、ひどく失望した。
ユースに対してではない。
騙されると分かっていて他人を信用した己の愚かさを呪った。脱力したとでも言えばいいだろうか。

だが、いくら失望しようが脱力しようが、僕は死ぬ気などさらさらない。ましてや人買いに売られる気など全くない。

僕は全神経を集中させて、手の平に魔力を集めた。そして脳内で三大神の一人の名を叫ぶ。

――ディン!!――

刹那、僕を閉じ込めていた木箱は燃え盛る炎に吹き飛ばされ、猿轡も鎖も消し飛んだ。

「な、何だ!?」

ユースと相手の男が身構える。それを無感動に見つめて僕は呟いた。

「くだらない」

「あ?」

「アンタのようなくだらない人間に一瞬でも心を許したかと思うと、反吐が出る」

自分でも恐ろしくなるような感情のこもらない声でユースに言った。ユースは薄ら笑いを浮かべて僕に歩み寄った。

「目が覚めたか、おちびさん。だがもう遅い…誰も助けになんて来な…」

「近寄るな!!」

背に負った剣を抜き放って叫ぶ。叫んでから得物を持たせたままにしていたユースの浅はかさが滑稽に思える程頭が冴えた。

「助けなど要らない。他人なんて信用しない」

言いながら体勢を低くして呆然と立ち尽くすユースたちに駆け寄った。ユースは「逃がすか!」と叫んで僕に躍りかかるが、それを前転して難無くかわし、みぞおちに剣の腹でフルスイングを見舞う。少々加減するのを忘れていたので、ユースはその取引先の男を巻き込んで壁際まで吹き飛ばされて伸びてしまった。


人と関わると苦しいことばかりが待っている。

別れ。
裏切り。
忘却。

恐らく生きていく上で人と関わらないのは無理な話だろう。だが、僕はもう自分をこの辛い道に置きたくない。

今回は、つい油断してユースに気を許してしまった。結果この様だ。

それでは駄目なのだ。

何人にも心を許してはならない。

何人も信用してはならない。

付け入る隙を与えず、裏切る余地を作ってはならない。




他人と、関係性を築いてはならない。

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