忘却の彼方に

*4

僕はデス・マウンテンからハイラルを抜けて『サルディア』という国に向かって歩いていた。
サルディアはハイラルの隣国にして最大の貿易相手国だ。
緑豊かなハイラルとは対照的に、険しい山々に囲まれた鉱物資源の多いところだ。

ただあてもなく歩いていたらこんなところに来てしまったけど、僕は一向に構わなかった。
ただ無意味に時を過ごすだけの存在である僕にとって、今自分がどこにいるのかという情報はさして問題にならないからだ。
でもその土地を旅しようと言うのだからある程度の土地勘は必要だ。僕がそう切に感じたのは、雰囲気の悪い薄汚れた村に足を踏み入れたときだった。

「よう、坊主。餓鬼のくせに良いもん持ってんじゃねぇか」

見事な体躯の人相の悪い大男が僕が背に背負っている『金剛の剣』を指差しながら近づいてきた。
そういう大男も立派な斧を両脇に差している。僕は極力無表情で黙っていた。

「餓鬼にゃあ勿体無い代物だ。…俺によこしな!!」

突然叫ぶと大男は僕に向かってその太い腕を伸ばした。
僕は少し面食らって反応が遅れたが、それでも僕が金剛の剣を抜き放ち、構えるまでに大した時間はかからなかった。

「嫌です」

感情を込めず冷酷に言い放つ。さすがの僕も命を奪ったりすることはしない。剣の柄を使って峰打ちをするに留めておいた。

「げは…ッ」

大男が情けない悲鳴を上げて崩れ落ちる。僕はそれを無表情に見つめていた。

「おーおー、最近の餓鬼は強いなぁ」

突如僕の背後から間の抜けた声が投げ掛けられる。殺気は感じなかったので僕は剣を降ろしたまま振り返った。
そこにはへらへらと笑う頼り無さげな優男が一人立っていた。見る限り丸腰だ。

「まぁそう構えなさんな、俺はその辺の奴等とは違う」

その辺の奴等、と言ってさっき僕が倒した大男を顎でしゃくる優男を僕は無表情で見つめた。
その僕の様子に疑問を感じただろうが、優男は口には出さず、明るい声で続けた。

「お前、この辺の人間じゃないだろう?こんな餓鬼がこの村に来る訳がない」

未だへらへらと笑い続ける優男の考えが読めず、僕は黙って次の言葉を待った。

「どうだ、このサルディアの首都まで俺が連れて行ってやろうか」

「は……?」

僕は初対面の優男をまじまじと見つめた。このとき初めて意識して見た、と言った方がいい。
髪は肩にかかる程長く色は薄い茶色。身体は鍛えられているような様子は一切なく、限りなく頼りない。そのへらっとした笑みもまったく“思慮深い”などという言葉とは縁遠いもので、絵に描いたような優男だった。

「…なんで僕に構うんですか」

思わず口をついて出た言葉だったが、恐ろしく冷たい声で僕は尋ねた。
優男はそんな僕の冷たい声にも怯まずに、にかっと答える。

「んなの餓鬼が一人で歩いてたらアブねぇからに決まってんだろ」

「餓鬼…」

僕は呆れたように口の中で繰り返した。
この優男、とんでもないお人好しだ。
だが僕としても悪くはない話である。サルディアの地理に詳しい人間と旅ができるならこれ以上のことはない。
だけど僕は躊躇する。
この優男と旅するということは、また誰かと関わってしまうということだ。
是非ともそれだけは避けたかった。

しばらく考えて僕はやっと決心がついた。顔を上げて優男を見据える。

「連れて行く、などと気を遣って貰わなくてもいいです…ただ僕が後ろから付いていくのを許して下さい」

「いいってことよ!遠慮すんなよ、餓鬼んちょ。俺がきっちりサルディアまで連れて行ってやるからよ!」

「あ……」

そうじゃなくて。

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