忘却の彼方に

*2

お帰りなさい。
嗚呼僕がどれだけ望んだ言葉だろうか。思わず安堵の溜め息が洩れる。やっぱりミドは僕に悪戯してたんだ。だってサリアはお帰りなさいって言ってくれたよ?
サリアは困ったように僕とミドの顔を交互に見てから尚微笑んだ。

「…リンク?あなたはミドのお友達なの?初めて見る人だけど」

そんな。
サリアは僕を不思議なものでも見るように見つめていた。あんなに毎日遊んでいたのに。
命をかけて皆の平和を守ったというのにこれじゃああんまりじゃないか!
誰も僕のことを覚えていないだなんて。

だが、と僕は思い直した。あるいはこれはなにか凶事の前触れなのかもしれない。ここハイラルは魔法の支配する世界だ。そういうことの一つや二つ、あってもおかしくないのかもしれない。

全てが仮定の状況である今、僕が下手に動いて事態が悪化するのだけは避けたい。ここは叫びたくなる衝動をぐっと堪えてハイラルの王女・ゼルダに指示を仰ぐことにしよう。彼女ならきっと妙案を授けてくれるに違いない。
だが今天の女神様はとことん僕を見放すつもりらしい。僕が言葉を失って呆然と立ち尽くしていると、森の影から数人のコキリの子供たちが手に手にデクの棒やパチンコといった武器を持ち、僕を取り囲むように歩み出てきた。そのうちの一人が突如叫ぶ。

「お前はコキリじゃない!森はコキリ以外の人間が森に入るのを嫌ってるんだ。さっさと出ていけ!!」

「出ていけ!!」

「出ていけ!!」

「出ていけ!!」

嗚呼、神様。
これが僕の勇者としての働きへのご褒美ですか。
だとしたらあんまりですよ。
貴方は友人に罵られるのがどんなに苦痛か、友人に存在を否定されるのがどんなに寂しいか、考えたことがありますか!

耐えきれない。これ以上ここにいたら僕は気でもおかしくなってしまう。それに僕の足元にパチンコの弾やら小石やらが飛んでくるので、仕方なく僕は追われるように森の聖域をあとにした。

ミドだけならともかくサリアや他のコキリの仲間までがこんなことするなんて、絶対おかしい。

そう。
どう考えてもおかしい。
頭では分かっているけど。

実際かなりショックだった。

あり得ない考えが僕の脳裏を交差するから余計に。
――皆僕のこと、本当に忘れちゃったんじゃないかな――?

そんな考えを振り払うように僕はハイラル平原を一心不乱に駆け抜けた。目指すはかの時の女神・ゼルダのいるハイラル城だ。
ちょっと、いやかなりコキリの森からハイラル城までは遠いんだけど、僕は一度も立ち止まらずに走った。
振り返ると未だにミドや仲間たちが僕に向かって怒鳴っているのが聞こえるような気がしたからだ。

例によって僕はハイラル城の正門から入らず、裏の水門の小さな隙間から忍び込んだ。何かやましい気持ちがあるわけでもないけど、ただ初めて来たときの名残でどうしても正面から入るのは気が引けるのだ。すいすいとハイラル城の警備兵の目を盗んで中庭へと走る。
僕が求めた彼女はいつものように中庭の中心に背を向けて、まるで絵画のように風景に溶け込んで佇んでいた。自然と僕の胸が高鳴る。これは走ってきたためにする動悸とは少し違っていた。

「ゼルダ?」

僕は声が上擦らないように気をつけながら彼女に呼びかけた。ゼルダは僕に気付くと悲鳴にも似た声を上げて振り向いた。どうやら驚かせてしまったみたいだ。

「まぁ…貴方は…一体何処から入って来られたの?」

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