世界よ、愛しています

*6

怪我をしたリンクを心配して、屋敷の住人たちは医務室にいる彼を見舞ったが、それだけではなく多くの面々が王子のことも見舞った。
勿論王子が彼らを快く受け入れるはずもなく、そんな厚意は無駄足を踏むことになる訳だが、それでも屋敷の住人たちは王子に友好的だった。

「私にはアナタの苦痛が分からないけれど、辛い時はいつでも呼んで頂戴。きっと力になれるから」

扉越しにそう囁くピーチを、アイクは王子の神剣を抱えながら見守る。王子の返答はない。そもそも戸口に出ることすらしないのだ。付き添いでやってきたクッパが怒りに吠えて扉を焼き尽くさんとした時はさすがにアイクが止めに入ったが。

「顔すら見せないとはどういうことだ!ワガハイがせっかく来てやったのに」
「落ち着いてくれ。今はとにかく一人にして欲しいそうだ」
「そうよ、クッパ」

ほんわかとした口調でピーチが頷く。彼女はふわふわとドレスの裾を揺らしながら、室内だというのに廊下で日傘を差した。

「時間がかかるかもしれないけれど、私たちきっといつか分かり合えるわ。だから、それまでは焦らず待つの」
「う…むぅ、そうだ。ピーチの言う通りだな!ワガハイは待つぞ!」

先とは態度を一変させ、クッパはガハハと豪快に笑う。アイクがきょとんとしているうちに、ピーチとクッパは連れ立ってその場をあとにした。

そんな風にして、朝食時の惨事をものともせずに、屋敷の住人は代わる代わる王子の元を訪れる。王子は一度として戸口に立つことはなかったし、声を発しなかった。アイクが食事を運んでやってきても、扉に鍵をかけてしまって完全に外界との接触を断っていた。
傾きかけた陽が差す廊下で、王子の部屋の前に座り込んでいたアイクは途方に暮れた。呼びかけても返事はないし、室内で誰かが動いている気配もない。王子の為にと持ってきた食事も、昼には焼き立てだったパンはとっくに冷めている。
とりあえず何か口にせねば、余計に塞ぎ込んでしまうだろう。そう思い立ったアイクが再び扉を叩こうとした時、初めて室内から衣擦れの音がした。
耳をそばだてていたアイクだったが、しかし次の瞬間室内から響いたガラスの砕ける音に飛び上がった。
アイクは扉に貼り付いた。

「おい!どうした!」


返事はない。代わりにひゅ、と息を呑むような声が聞こえた。
我慢ならずにアイクはその扉を蹴破った。部屋の中に駆け込んで、王子の姿を探す。部屋には血や膿の付いた包帯が打ち捨てられていた。王子が取り払ってしまったのだろう。
更に奥に進むと、王子はアイクに背を向けた格好で部屋の隅にうずくまっていた。そのすぐそばにワインの瓶の破片が中身と共に散乱しており、それが先の物音の原因だと分かる。
が、酒の匂いとは異質な匂いを感じ、アイクは王子に駆け寄ってその肩をひっ掴んだ。無理矢理自分の方を向かせる。
そして絶句した。

血だらけの王子が、しゃくりあげながら振り向いた。元よりあった塞がり切っていない傷を掻きむしったようだ。それだけでは飽き足りず、腹部の特に大きな傷をガラス片で広げ、そこから少なくない量の血液がどくどくと溢れ出していた。
また、ガラス片を握るその手も、それ自身によって切れている。ぽたぽたと静脈血が滴る。

「なにを…してる…!」

アイクは王子の手からガラス片を取り上げようとしたが、王子は首を横に振ってそれを拒絶した。掠れた声が王子の口から漏れた。

「この傷が…塞がってしまったら…“あの世界”が無かったことになってしまう…」
「訳の分からんことを言うな!死にたいのか!?」

王子の顔を覗き込み、アイクが吠えた。王子はそれまで焦点の合わない目でぼんやりと虚空を見ていたが、そこで初めてアイクを見た。長い下睫毛の先に、大粒の涙が溜まる。

「…死にたくないなぁ…!…みんなと、会えるまでは…」
「…っくそ!」

アイクは一言吐き捨てると、王子の肩と膝を持ち上げ、抱きかかえた。王子は貧血の為かぐったりとしてなされるがままとなっている。
そのまま、アイクは全力で走り続け、医務室に駆け込んだ。

***

「…すまん。目を離した俺の落ち度だ」

再び医務室送りとなった王子は、しかし頑なに治療を受けることを拒絶した。仕方が無いので麻酔を打って眠らせ、治療を終えて現在に至る。
医務室の簡易ベッドの上で眠るマルスを見ながらアイクが言うと、マリオはいや、と力強く首を振った。

「お前一人に押し付けた俺たちが悪かったよ。すまんな」
「しかし、まぁ…人騒がせな奴だ」

大事を取って医務室に拘束されていたリンクが、王子の隣のベッドでぼやく。リンクは不機嫌そうに王子の寝顔を睨んだ。

「ちったぁ反省してる様子なら許してやろうかと思ってたのに、自傷なんかされたら後味悪いだろ」
「確かに…そもそも何故マルスはリンクを攻撃したんだ?二人は初対面だろう」
「俺が知るかよ」

マリオの問いに、しかしリンクはそっぽを向いてしまう。マリオは溜め息を吐いてアイクを見た。アイクは小さく頷いた。

「…関係あるかは分からんが、マルスが妙なことを言っていた」

アイクの声に、リンクも顔を上げる。アイクは首を傾げながら続けた。

「この傷が塞がると、“あの世界”が無かったことになる…とか」
「“あの世界”?マルスの故郷のことか?」
「だとしたらおかしな話じゃないか」

リンクがベッドの上であぐらをかき、人差し指を立てた。

「俺たちはあくまで人形(フィギュア)で、マスターから命を吹き込まれたに過ぎない。オリジナルの故郷に執着する人形なんて、聞いたことねぇよ」
「もしかしたら」

マリオがはっとしたように目を見張る。何事かと耳を傾けるリンクとアイクに、マリオは囁くように告げた。

「マルスには、人形である自覚が無いのかもしれないな」

[ 7/94 ]

[*prev] [next#]


[←main]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -