忘却の彼方に
*1
僕は通い慣れた道をさくさくと踏みしめながら進んだ。自然と浮足だってしまうのはこれが久々の“帰郷”だからだ。ひょんなことからタルミナという世界を救うことになった僕・時の勇者リンクはつい最近、タルミナを巨悪から救い出し、祖国であるハイラルの東に位置するコキリの森に帰ろうとしているところだった。
実際にタルミナにいたのは三日程度だったけど、色々あって僕にとってはもう何ヶ月振りかの帰郷のような気がしていた。
やっとコキリの森の入り口に差し掛かり、僕は小さく深呼吸をする。さぁ、なんと言ってコキリの皆を驚かせようか。
コキリの皆は僕が帰ってくることを知らない。きっと物凄く驚くだろう。――そして笑顔で僕を迎えてくれるに違いない。これはおごりではなく信頼の証。それほどまでに僕とここコキリの繋がりは強くて断ち切るのが難しいものだった。
そんなややこしいことを考えているうちにコキリの皆が住む集落に着いていた。珍しく人がいない。僕は不思議に思って辺りをぐるっと見渡した。
おかしいな…いつもはこんなに静かなことなんてほとんどない。さては皆して僕を驚かそうとしてるのかな。
だが僕のそんな淡い期待もすぐに裏切られてしまった。
「おい、お前!コキリに何の用だ!?」
突如上の方から聞き慣れた声が響いた。振り返るとそばかすの目立つ憎らしい子供(僕も子供だけど)が少し小高い丘の上から僕を見下ろしていた。思わず僕は顔を綻ばせる。――自称コキリのボス、ミドだ。
僕がこの森にいた頃、一番よく喧嘩した相手。でも僕が森を出ると言ったとき、一番悲しんでくれた友達。
ミドとの思い出が一瞬のうちに走馬灯のように駆け巡り、それはこの友人との邂逅をより感動的なものに仕立て上げた。僕は大きく破顔して悪戯っぽくミドに話しかけた。
「コキリの僕がこの森に帰ってきて何が悪いのさ?」
「コキリ?コキリ族は森から出ると死んじゃうんだ。オレは知ってるぞ、お前は森のソトからきたんだ!」
僕の予想とは裏腹にミドは大声でまくしたてる。さすがに僕もミドの悪ふざけに嫌気がさして怒鳴り返した。
「確かに僕は純粋なコキリじゃない。でも僕はここの森で育った、紛れもないコキリ族のリンクだ!」
「リンクなんてコキリの仲間は今までに一人もいなかった。騙そうたってそうはいかないぞ」
「………は?」
あまりの悪ふざけに僕は言葉を失った。僕がこの森に存在しなかっただって?
「み、ミド、いい加減にしてよ。なんで僕のことに気付かないフリするの?」
僕は声がかすれるのも気にせずミドに掴みかかって尋ねた。だが反対にミドは驚いたように僕を見つめ返した。
「なんで…オレの名前を知ってんだ?」
この言葉を聞いたとき、僕はもう少しでミドに殴りかかるところだった。なんで名前を知ってるかだって?友達だからに決まってるじゃないか!
「…ミドと話しててもらちがあかない。サリアと話してくる」
なんとか精神を総動員してミドに殴りかかるのを押し止まった僕はくるりとミドに背を向け迷いの森に駆け出した。慌てたようにミドも僕のあとを追って走り出した。
ミドは昔から意地悪だった。でもサリアならきっと僕の帰りを喜んでくれる。こんな悪戯しないもの―――。
ミドは途中何度も僕に撒かれそうになっていたけどなんとか気合いでサリアのいる森の聖域まで付いてきた。でも僕はミドなんか気にせず小さな切株に腰かけたサリアに駆け寄った。
「サリア!僕だよ、リンクだよ!!帰って来たんだ」
僕はかなり大きな声でサリアに挨拶した。サリアは驚いたように僕を見つめてから小さく微笑んで「お帰りなさい」と言ってくれた。
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