表裏一体
*35
ず、と音を立ててコーヒーをすするのは、この世界の創造主たる銀髪の男。軽いとも重いとも言えない微妙な空気の中、ほのかな苦味のある独特の香りがテーブルにつくメンバーの鼻を刺激する。その顔には皆一様に緊張の色が濃い。創造主はそんな様子の彼らをふと一瞥してから微笑した。
「そう固くなるな。大した話じゃない」
「大した話ですよ」
短く勇者が反論を呈す。その口調には先を急かす風な意思がありありと窺えた。
「さぁ、話して下さい。何故クレイジーを仲間にしたのか、そして何故彼女もそれを承諾したのか」
「アタシは承諾なンかしちゃいナいわよ」
クレイジーが口を挟む。同時にスマブラメンバー全員が警戒の眼差しを彼女に向けた。
「クレイジー」
マスターが咎めるような声を上げるも、クレイジーはフォークをくわえたまま椅子に深くもたれる。
「勿体ぶるコトないじゃナイ。嫌がるアタシをアンタはムリヤリ…」
「マ…マスター!君という奴は…ッ」
「え?ちょ、何言い出してんのお前!?しかもマルス!その剣をしまえ!!」
クレイジーは視線を伏せて自らの腕を抱く。そのか弱い仕草にマルスが軽ーくリミットブレイク、神速というその剣術でマスターを食堂の隅に追い詰めた。紆余曲折あったが何とかマルスの誤解も解けたところで、マスターは溜め息をつきようやく重い口を開いた。
「確かにクレイジーは仲間になることを承諾していない。だが、彼女がこの世界に対して敵意を持つことは、恐らく以後無いだろう」
そうデしょうネェ、とクレイジーは鼻で笑う。信憑性のないその言葉に、しかしスマブラメンバーは聞き入った。
「破壊神の手から破壊を免れるなど、限りなく不可能に近いことだ。神たる彼女を力でねじ伏せることなんて出来やしないし、クレイジーはそこに住まう者の願いを聞いてやるほどお人好しでもない。だから、より確実に、そしてより長くこの世界を存在させる為に私は考えた。クレイジーの生活の拠点をこの世界に据えてしまえば、己が住む世界を壊そうなどとは思わない。クレイジーを我々の仲間に入れてしまえば、我々を傷付けることもなくなる、と」
マスターはここで一つ息を置いた。すかさずゼルダが尋ねる。
「ですが、破壊神はとても心を変えるようには見えませんでしたわ。しばしば貴方との会話にも出てきていたけれど、彼女は常に“自分は変わらない”と…」
他のメンバーも幾人かは小さく頷く。何度も出てきた“アンタは変わった”というマスターに対するクレイジーの言葉は、誰の脳内にも鮮明だった。マスターも苦笑して銀の長髪を掻き上げる。
「そうだ。どんなに説得しても、クレイジーは我々と共に暮らすことを拒否し続けた━━まぁ、当然予想される結果だったが━━そういう訳で、私はクレイジーの……あー…その…脳内…をだな……少ーし、ほんの少ーしだけだぞ……」
「壊したのヨ」
マスターがもごもごと口ごもっているうちに、クレイジーが事も無げにさらりと答える。一瞬何のことか分からず唖然とするメンバーだったが、次にマスターが「壊してない!改造しただけだ!」と叫んだので蜂の巣をつついたように非難の声を上げた。
「いくら神様だからって酷いわ!」
「なんてことを!」
「ホラ、マスターが脳をいじクったセイで喋り方までこンなになッたのヨ」
『見損なったね』
「ちゅー」
状況を理解していないピチューにすら非難の声を浴び、少なからずうなだれるマスター。それでも弁解するように、彼は遠慮がちに続けた。
「壊したって言うのはちょっと違うぞ。それは創る私としては専門外だ…痛ッ!サムス、喋ってるんだから物を投げるのはよせ…私は、お前たちがあの仮想空間で残した想いを、クレイジーに与えただけだ」
あの仮想空間、というのはクレイジー襲来に備えて急遽マスターが創った屋敷内の仮想空間━━クレイジーとの最後の決戦の場となった所である。
想いを?と、カービィはあるかなしかの首を傾げて聞き返した。
「そうだ。“世界を守りたい、もっと皆と一緒にいたい”…カービィはそう言ってくれたが、消え行く定めのものを愛する心は、壊す者であるクレイジーには理解出来ない。だから、クレイジーは変わることを受け入れなかった。そんな彼女に誰かを愛する想いに触れて欲しいと思って、私は君たちの“世界を愛する心”をクレイジーに教えたんだ」
「結果、天下ノ破壊神サマがこのザマよ」
自嘲するようにクレイジーが呟く。彼女はさらに続けた。
「アンタらの訳の分からナい“想い”とやらのセイで、アタシの心は世界に対すル愛と慈しみに満ち溢れテる。アタシはすっかりコノ世界の破壊欲を失ってしまッたのヨ。壊すことヲ忘れたアタシは、破壊神でもなンでもナイ…ただのアンタたちの“仲間”にナった…ッてワケ」
しん、と水を打ったように食堂に沈黙が訪れる。これまで散々自分たちを殺そうとあの手この手で残虐非道の限りを尽くしてきたクレイジーが、仲間になるというのだ。一体誰がすんなりと受け入れられよう。
「…じゃあ、クレイジーと一緒に遊べるの?」
か細い声が幾分低い位置から尋ねた。皆がはたと声の主を見つめる。カービィが、いつの間にやら破壊神の膝の上にすっぽりと収まり、喜々とした様子で笑みを浮かべた。
「新しいお友達になれるの?」
つぶらな瞳が何の疑いも挟まず期待を込めてクレイジーを見、メンバーを見つめた。見つめられたメンバーは、何処までも広い心を持つ星の戦士に感心する一方、破壊神を受け入れてよいものかと思案し、複雑な面持ちで視線に応える。しかしその実、既に英雄たちの答えは決まっていたのだった。
「…駄目っつったって、どうせカービィが許さないだろうし」
最初に口を開いたのはマリオ。続けてリンクが言う。
「幸い食器は足りてます。料理だって今さら一人二人増えたところで変わりませんね」
「僕も異存はない」
腕を組みながら、何処か楽しげな様子でマルスも付け足す。勿論それは他のメンバーにも同様で。
ここで初めてクレイジーは小さく微笑み、膝に座るカービィの頭を優しく撫でた。
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