表裏一体

*34

「――ルス、マルス!まだ寝てるのですか?」

トントン、と軽く自室の扉を叩く音で目を覚ましたマルスは、不機嫌そうな面持ちで音源を辿って視界を巡らせた。なんだか懐かしい夢を見ていた気がする。だが内容を覚えてはいない。マルスは人知れず己の安眠を妨害したモーニングコールを恨んだ。

「起きてるよ、今行く」

一つ小さなため息をつき、洗面所の前で鏡を覗く。
――今日も僕は美しい。
そんなことを思ってから、顔を洗って歯を磨き、手櫛で十分整う髪を丁寧にブラシでといてから、マルスはのんびりと着替えを済ませた。それから静かに部屋の扉に忍び寄り、勢いよくそれを押し開く。
が、それはマルスの予想に反して何の障害物にも当たらず全開まで開かれ、壁に当たって勢いよく跳ね返ってきた。無論寝起きの彼はそれを避けるような俊敏さを持ち合わせていない。
戻ってきた扉に己の足先をしたたか打ち付ける結果となった。

「おはようございます、マルス」

にこやかに挨拶をする勇者は、知ってか知らずか扉の可動範囲から丁度外れた位置から王子を覗き込んだ。ロイはきちんと当たってくれたのに、といつかの朝を思い出しながら、ただマルスは「おはよう」とだけ答えるにとどめた。

「さぁマルス、早いとこ朝食に来て下さい。もう準備は出来ています」

些か急かすような口調でリンクが告げる。そんな彼の様子に若干違和感を覚えながらも、マルスはさしたる疑問も挟まず大人しく勇者の言葉に従った。



リンクとマルスが食堂に着くと、テーブルの上は既に阿鼻叫喚、まさに地獄絵図と化していた。カービィとヨッシーの熾烈なソーセージ争いや、それに巻き込まれまいとする人々の悲鳴、ナイフやフォークが飛ぶのはそれこそ朝飯前なカオスな世界で、サムスがあまりにうるさい彼らを静めようとチャージショットの構えを取っている。そしてそのサムスをファルコンとロイが泣きながら止めて、一方の騒ぎの元凶のピンク球と緑の恐竜をフォックスとクッパが何とかそれぞれの席に戻すことに成功した。

「あまりうるさくしてはいけませんよ」

リンクが爽やかに言いながら椅子を引く。途端、それまで抵抗していたカービィとヨッシーは大人しくなり、クッパとフォックスはくたびれた背中を見せながら自席に戻った。カービィとヨッシーは心なしか震えているようにも見えた。
しかしマルスは席に着かない。ただ呆けたように食堂の入口に立ってテーブルを眺めている。
そんな彼の様子にしびれを切らしたように、ロイは自らの横の空いた席を指差して言った。

「何してんだ、マルス。早く座って食べろよ」

「…いや、しかし」

対する王子は歯切れが悪い。そこへぎこちない片言の低い声が続けた。

「そうヨ、早くしナいとせッかくのご飯が冷めちゃうワ…ピーチ、ソコのケチャップ取っテくれル?」

「はい、どうぞ」

「ちょっと待て!!」

やっとマルスは違和感の原因を突き止めたというように声を上げた。テーブルの視線を一身に集め、王子は正面で悠々とスクランブルエッグを口に運ぶ女をビシッと指差す。
女の瞳は銀。髪は腰まで届く美しい金髪である。創造神と対をなすその美麗な姿は、見る者全てを魅了する。

「…って、何でクレイジーがこのテーブルで仲良く朝食を食べているんだ!?」

「…あぁ、そういえば」

マルスの必死の叫びにも、メンバーの反応は鈍い。今しがた気付いた、というようにまじまじとクレイジーを見つめる。
当のクレイジーは軽く肩をすくめた。

「ご飯ハ大勢で食べる方がいいじゃナイ?」

「そうじゃないだろ!貴方は敵だった。それもこの世界を…!!」

「はいそこまでー」

突如現れたマスターが、激昂するマルスの肩にのしかかる。勿論その顔には緊張感の欠片もない。マルスは「マスターまで…」と呟くと頭を押さえた。頭痛の種たる銀髪の男は、悪戯っ子よろしく口の端を吊り上げた。

「いやいや、マルスの反応は正しいよ。ただ他の皆が何も言わないから、説明しなくても大丈夫かなぁと思ってさ」

「反応のしようがありませんでしょう。今まで敵だった方が朝食の席に並んでいたら…私だって何てコメントすればいいのか困ってマルスを連れて来たんですから」

「…面倒事を僕に丸投げした訳か」

マスターがあっけらかんと言うと、リンクはパンにバターを塗りながらも口を挟んだ。そんな勇者の様子に、真面目に反応してしまった自分が馬鹿らしいと思わずにはいられない王子だった。

「うん…まぁ、そういう訳で、色々あったがクレイジーが仲間に加わったんだ。クレちゃん、皆にご挨拶なさい」

マスターはまるでどこぞの母親のようにクレイジーに指図する。クレイジーもにっこり笑って大きく頷くと、「仲良くしてネ」と頭を下げた。
テーブルにいるメンバーは「あぁどうも」などと動揺の色濃く言いながら、しかしなんだかんだで破壊神を歓迎モードである。が、マルスとリンクは固まっている。あまりの衝撃にしばし声すらまともに出なかった。

「…おいおい、今さらっと爆弾発言が聞こえた気がしたけど…」

「気のせいじゃありませんよ、私にもきちんと聞こえました」

「やっぱり!?だって破壊神が仲間になるって!しかもクレちゃん!?というか一番省いちゃいけない所を“色々”とか言って省いただろ!」

「あ、バレた?」

「バレるわ!!」

リンクとマルスのダブル突っ込みがマスターの胸板に炸裂する。些か強すぎる突っ込みに、創造神は半歩よろめいたが、当然王子と勇者の謝罪の言葉はない。
しかしリンクもマルスも一つ溜め息を吐くと観念したかのように席に着く。各々にパンやらオレンジやらにかぶりつき、一度だけ幸せそうな顔つきで食事を取るクレイジーを見やってからマスターを見上げた。

「貴方がそうしたということは、何か理由があるのでしょう?」

「どういうことか“思い付き”“面白そう”の語句を使わず400字以上で答えたまえ」

「…話せば長いぞ?」

おどけて答えるマスターに、王子は「上等だ」と笑んでみせた。

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