表裏一体

*33

創造神の世界全てを司る空間――終点で、破壊神は目を覚ました。銀の瞳をゆっくりと開き、起き上がることはせずに視線だけを巡らせる。そうした先に見付けた男の名を、彼女は苦々しげに呟いた。

「マスター」

「おや…目覚めたかね」

銀髪の男――マスターは、静かに微笑んで答えた。クレイジーは未だ自分の体に聖剣が二振り刺さったままなのを確認し、噛みつくように言う。

「…何のつもりよ?」

「また暴れられては困るからな、その剣はまだ抜いてやれな――」

「そうじゃないわ」

マスターの言葉を遮るようにして、クレイジーは声の音量を上げた。マスターはわずかに眉をひそめる。

「どうしてアタシを生かしとくのかって聞いてんのよ」

「…お前は殺しても死なないだろう」

呆れたようにマスターは彼女の剣に刺された部分を指差した。マルスの神剣はともかく、リンクの聖剣は確実に破壊神の心臓を貫いている。それでもクレイジーは、すでに呼吸も整い苦しむような素振りも見せていなかった。

「そんな屁理屈言ってるんじゃないわよ…アンタの力なら、アタシをしばらく再起不能にさせるぐらいは出来るはずよ」

クレイジーの言葉に、マスターはしばし閉口する。クレイジーは依然として銀の瞳でマスターを睨み付けていた。
しかしマスターはくしゃりと笑むと、穏やかに続けた。

「カービィに殺すなと言われてしまってな…あの子に感謝しろよ」

「感謝なんかするもんですか…敵に情けをかけるなんて、甘っちょろい馬鹿のすることよ」

吐き出すようにクレイジーが答える。それでもマスターは笑みを崩さず破壊神を覗き込んでいた。

「残念だが、私の仲間にはそんな“馬鹿”しかいないのだよ」

「その馬鹿が命取りよ」

再びクレイジーが悪態を吐いた。が、一瞬考え込むような表情を見せるとマスターを見上げた。

「確かに馬鹿なのだけれど…アンタのとこの奴らは人を騙すことにかけてはピカイチよね」

言ってクレイジーは自嘲気味に笑った。

「あそこまで見事に騙されたのは初めてだわ…魔王も、勇者も、王子も、超能力のボウヤも、あれが全部お芝居だったなんて、いまだに信じられないもの」

「そうだろうな、アレは迫真の演技だった」

懐かしむような口調のマスターを、クレイジーはギラリと睨む。

「…アンタはいつから気付いてたのよ」

「…そりゃあ、まぁ始めからだが」

「アンタも道化じゃないの…」

脱力した様子で息を吐き、クレイジーは額に右手を当てた。マスターはただ短く声を上げて笑った。

「まぁこれでも私はこの世界の神だからな。彼らの考えていることくらい分かるさ」

クレイジーはそんな彼に呆れたのか、黙って何も答えない。
クレイジーのその様子にマスターは笑い声を潜める。静かに彼女の横に腰を下ろし、首を傾げて問掛けた。

「まだこの世界を壊そうと思っているのか?」

「…それが、アタシの使命だもの」

「共存する――ということは出来ないのか?」

「…ふざけたこと言わないで」

クレイジーは銀の双眸を見開いて創造神を見上げる。次いでその美麗な顔には嘲笑が浮かんだ。

「アタシは破壊神。アタシはこの世界の敵。共存なんて…不可能なのよ」

言って彼女は長い睫毛の下に暗い影を落とす。

「アタシには使命があるもの。他の誰にも出来ない役割があるもの。…だからアンタが何と言おうと、アタシはこの世界を壊さなきゃならないの」

世界の均衡を保つという重大な役目の為にね、とクレイジーは厳かに続けた。

「アンタにだって、新しい世界を創り出す使命があるわ。一つの世界に固執して、壊すことを拒んだら…それこそ世界の均衡が崩れてしまう」

「そんなことは分かっている」

クレイジーの言葉を遮ってマスターが言った。いつになく苦々しげな表情は、悲哀の色を深く呈していた。

「心は、変わる」

唐突にマスターは呟いた。おもむろに立ち上がる彼を、クレイジーは困惑に満ちた面持ちで見守る。創造神は無限に広がる終点の闇を見つめながら続けた。

「短い刻を生きる人間はそれが顕著だ。そしてそれは、永遠を生きる我々であっても――その変化は非常に緩やかだが――変わらない」

「何が、言いたいの」

「私は変わった。お前もきっと変わる時が来る」

己を変えたのは他でもない彼ら。消えてしまう定めであることなど百も承知。ならば消えてしまうその瞬間まで、世界を、彼らを、愛し抜こうと心に決めた。

「…そんなの、別れの時が一層辛くなるばっかりだわ。だから言ってるじゃない、アンタが壊れちゃうって」

「壊れたって構わんよ」

遠くを見つめる金の瞳が、闇すらも慈しむように穏やかな色をもって細められる。
その唇は緩やかな弧を描いていた。

「今が何よりも楽しいなら、それでいいんだ」

銀の長髪を揺らして創造神は振り返る。そして破壊神に向けて柔らかく笑んだ。

「お前は少々真面目過ぎる。使命だの存在意義だの…人生ちょっとは肩の力を抜かないと続かんぞ」

「…アンタが不真面目過ぎるのよ」

そうか?などと呟いて頭を掻いてみせるマスターを憮然とした表情でクレイジーは睨む。
使命を軽んずるような言動を取る創造神を許せないと思う一方で、以前までの彼の姿と今の彼を照らし合わせてみるとその変貌ぶりに驚きを隠せない。確かに彼は――彼自身が言う通り――変わったのだろう。しかしそれでも尚、彼女は己の変わるところを想像することが出来なかった。

「まぁ、とにかくアレだ」

適当な言葉で話を要約し、マスターは再びクレイジーの横に屈んだ。

「私はこの世界をおいそれと壊させはしない。が、お前の方もこのまま放っておけば、いずれこの世界をまた壊しに来るだろう」

「当たり前じゃない…どうする?アタシを殺してみる?」

再び嘲笑を浮かべる破壊神に、創造神は首を横に振ってみせる。それから綺麗に並んだ歯を見せてにかっと笑うと、右手に眩い光を溜めて大きく振り被った。

光源の一切ない終点は、しばし全ての暗闇が掻き消されたように白亜の世界となった。

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