表裏一体
*31
心地よい沈黙がスマブラメンバーの間に流れ、なんとも言えない安堵感と倦怠感が辺りを支配する。しかしいつでも型破りな彼らは、そのような穏やかな時を長らく享受することを許さなかった。
「ちょ…!何するんですかマルス!ヘッドロックは反則…」
いきなりマルスが隣にいたリンクにヘッドロックをかける。勿論リンクは抵抗するが、直後聞こえたマルスの声に大人しくなった。
「さぁ、これで一段落しただろう。そろそろ君達が僕らに隠れて何をコソコソやっていたのか説明してくれてもいいんじゃないかな?」
「あ…」
リンクは心配そうにガノンドロフを見やる。当の魔王はふいと視線を反らした。
「マルスの言う通りだ。俺たちに一言も言わずに話を進めるなんて、水臭いじゃないか」
マリオが若干不機嫌そうに呟くと、それを聞いたリンクは申し訳ないと言うように苦笑した。
「すみません…ただ、敵を欺くにはまず味方から、と言うではありませんか」
「それは…そうだが」
依然としてふてくされた態度のマリオに困ったような笑みを浮かべ、リンクは続けた。
「…この計画を思い付いたのは、丁度ピカチュウの偽者が現れた後のことでした――」
ピカチュウの偽者が現れた後、マスターに呼び集められた部屋で創造神の話を聞きながら、リンクは思った。
破壊神の相手はただ力だけでぶつかっていって何とかなるものではない、と。それ以前から彼が常々思っていたように、神々と人間には埋めがたい決定的な差があるのだ。そしてその差を埋めるには――。
リンクはふと顔を上げた。ネスが弾かれたようにその動きを追ったが、リンクはそのことには気付かなかった。その時思い付いた考えに、しばらく呆然としていたのだった。
――誰かがクレイジーの仲間になるフリをして、彼女を出し抜いてしまうのはどうだろうか――?
勿論リンクはそんな危険な役回りを他人に任せる気にはなれなかった。かといって、勇者たる自分が仲間を裏切るフリをしたところで、破壊神も信じてはくれまい。
そこまで思考してある一人の人物に思い当たる。
嗚呼、いるじゃないか。敵地にあっても平常心を崩さず、並外れて機転が利くこの役に適任な男が。
その時の彼の決断は、いつも以上に素早かった。
「ガノンドロフ、用があります」
紅い双眸が不審そうに己を見返す。そんな彼の太い腕を掴み、勇者はずんずんと自室まで魔王を引っ張って行った。
「一体何の用だ」
人目を憚る会話であることを察してくれていたのか、魔王はリンクの部屋の扉が閉まるまでこの問いをなさなかった。リンクは再度扉に鍵が閉まっていることを確認して、ガノンドロフを振り返った。
「…短刀直入に言いましょう。我々を裏切るフリをして下さい」
「…は?」
さすがの魔王も予想外の話だったようで、しばらくガノンドロフは辟易していた。リンクは構わず続ける。
「ネスやマルスの言う通り、破壊神は我々の能力について恐怖心を抱いているのでしょう。だったら彼女が今、一番欲しいものは何だと思います?」
「…俺たちの情報か」
「そうでしょうね」
リンクがガノンドロフの部屋を落ち着きなく歩き回るのを、魔王は漠然と目で追う。ふと立ち止まってガノンドロフを見据える勇者は、いつになく憔悴したように優れない顔色をしていた。
「我々を裏切るフリをして破壊神の気を引いて、仲間にしてもらうんです。他に頼るもののないクレイジーは、きっと我々を裏切った貴方を重宝する…はず」
「…賭けのようだな」
呟きながら、ガノンドロフはリンクの顔色を窺う。長い付き合いである故、勇者がガノンドロフを謂わば囮として使うことに酷く負い目を感じていることがよく分かっていた。
「情報を得たクレイジーは、すぐさまここに雪崩れ込んで来るでしょう。そうすればきっと、我々は負ける――」
「駄目じゃないか」
ガノンドロフは意外そうに呟く。勇者が神妙な面持ちで告げるから、どんな妙案が浮かんだのかと思えば、ただの破滅予告をしに来たのか?
しかしリンクは顔色を変えずに続けた。
「…勝利を確信した時が、最も隙が出来やすいそうですね」
一般論を述べるように淡々と言うリンクに、ガノンドロフは軽く肯定の唸り声を上げる。
「確かに我々は“負ける”でしょう。それでは元も子もありませんが――ただ、皆が死なずに負けるとしたら、そしてそこで出来た隙を突くことが出来たら…どうなると思います?」
「そんなに都合良く行くものか…死なずに負けるだなぞと…」
呆れたように魔王は言った。勇者は一つ溜め息を吐くと、上目遣いに魔王の紅い瞳を見上げた。
「多分大丈夫でしょう。皆さんもそこまでヤワじゃありませんからね。…ただ、もしこれを実践するとすれば、最も危険で、最も負担が大きく、最も重要な役が貴方ということになります。おまけに破壊神は、ただの武器では攻撃出来ない」
「それを俺に任せるか」
魔王も低い声で唸りながら勇者の碧い瞳を見下ろす。リンクは小さく頷くと、唐突に背に負った聖剣を鞘から抜き放った。思わずぎょっとしたガノンドロフをよそに、リンクは続ける。
「…私が頼れるのは、貴方しかいないんですよ。――武器に関しては、気休め程度かとは思いますが…私のマスターソードを使って下さい」
リンクのさりげない一言にガノンドロフは眉をひそめたが、そんなことは露知らずリンクは聖剣で自らの手の平に軽く触れた。青白い刀身に鮮やかな赤が伝う。その赤を引き伸ばして柄を鮮血で彩ると、リンクは驚いたように立ち尽くすガノンドロフに聖剣を手渡した。
「この剣、どうも勇者の資格を血で判断しているようなんです。本来貴方はこの剣に触れることすら出来ないはずなのに…ほら」
リンクから手渡されたマスターソードを、ガノンドロフは血塗られた柄の上からしっかりと握りしめた。リンクが示したように、闇の貴公子たる彼が触れても聖剣は何の反応もなく魔王の手に収まっている。
リンクはその様子を確認すると、血が滴る手に簡単に布を巻いて止血しながら口を開いた。
「さすがの破壊神も、まさか魔王が聖剣を扱うだなんて思わないでしょう。その時が来たら、貴方が使えるようにマスターソードを置いとくんで、グッサリいっちゃって下さい」
「グッサリ…」
少々心許無い擬音にガノンドロフは顔をしかめた。
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