表裏一体

*30

「どういう…こと…死んだはずじゃ…」

クレイジーは血の気が引いたように顔面蒼白となりながら言った。実際出血が酷くて血の気は引いているのだろうが。
リンクは笑みを貼り付けたまま短刀を脇へ放り、クレイジーの問いに答えた。

「生憎私は、“この”部屋では死ねないんですよ」

「何…」

「仮想空間、って知ってます?」

リンクは服に着いた瓦礫の粉やら埃やらを払い落としながら聞く。クレイジーがぽかんとした様子で黙っていると、リンクはそのまま続けた。

「マスターが作ったもので、私たちが大乱闘をする為に作られた不思議な空間なんです。剣で斬られても死なない、銃で撃たれても死なない、ただダメージが蓄積されて吹っ飛びやすくなるだけ。――そしてこの部屋が、まるごと仮想空間になっているんです。だから私は、致命傷を負ってもこのようにピンピンしている」

「この部屋の外はただの屋敷だがな」

ガノンドロフが口を挟む。リンクは更に続けた。

「ただし、この常識が通用するのは創造神に選ばれた戦士のみ。つまり貴方に同様の効果は望めない」

クレイジーはしばらく呆然としてリンクを見つめていたが、やがてくつくつとこらえきれないように残忍な笑い声を漏らすと真っ直ぐに勇者を見据えた。

「やられたわ!さすがマスターの選んだ戦士!…でもね、アンタらが言うにはその仮想空間とやらは“この”部屋だけに適応されているんでしょう?ということは、アンタら二人をまとめて部屋の外に引きずり出して、そこで止めを刺せばいいだけの話よ!!」

けたたましく笑いながら、クレイジーは左手を高く掲げた。一方ガノンドロフはクレイジーの動きを最低限止めるので精一杯であり、またリンクに至っては丸腰である。
ガノンドロフとリンクは軽く身構えた。が、刹那その横を蒼い旋風が駆け抜ける。その旋風は、神速を誇る己の剣を振り抜き、破壊神の左肩を刺し貫いた。
その剣がただの剣であれば、また刺されたのが左肩でなければ、クレイジーは構わず魔導を発動出来ただろう。しかしその二つの要素が重なった為に、クレイジーは振り上げた左手をだらりと降ろした。そして面食らったように今の急襲の主を見つめる。

「神剣ファルシオン…!?なんでよ…アンタもアタシが殺したはずじゃない…!」

クレイジーの叫びに、見た目麗しい華奢な王子が自慢の蒼髪を掻き上げながら振り返る。
マルスである。
形の良い唇は、至極楽しそうに答えた。

「残念ながら、僕はまだ死ぬ訳にはいかないんだ」

「往生際が悪いだけでしょ」

ふと瓦礫の山からソプラノトーンが口を挟む。リンクとマルスはごく自然に声がした方を見やるが、クレイジーは信じられないというように首を振った。

瓦礫の山の上にちょこんと腰掛ける少年――ネスは、にぃっと笑んでそこから飛び下りてみせた。

「破壊神さんはリンクの言葉を覚えてなかったのかなぁ?この部屋はまるごと仮想空間。…要するに、僕たちマスターに選ばれた戦士は、誰一人としてこの部屋では死なないし、死ねないのさ」

「そ…んな…」

ネスの言葉と同時に、部屋中に倒れていた戦士がむくりと起き上がる。皆口々にお互いの死んだフリの出来栄えについて批評し合いながら、破壊神を取り囲むように立つ。勿論皆無傷であるし、その中にはマスターの姿もあった。
クレイジーはかすれる声で尋ねた。

「それじゃあ…わざわざマスターはアタシをここまで誘導して…死んだフリまでして…それにガノンドロフは、最初からこのつもりで…」

「ご明答」

脈絡のないクレイジーの言葉に、乱れた銀髪を整えながらマスターが答える。クレイジーはさらに唖然とした表情になった。

「…まぁ、ガノンドロフのことについては私たちも本当に裏切ったのかと思っていたがな…さすが魔王だ」

「この茶番を考え付いたのは俺ではなくこの小僧だ」

ガノンドロフはリンクを顎でしゃくりながら言う。リンクは照れるように頭を掻いた。それからクレイジーに向き直ると呆れたように言った。

「破壊神、貴方が不用心過ぎるのです。寝返って間もないガノンドロフの言葉を信用し、あろうことか我々の手中に飛び込んで来るんですから…」

「…さない…」

「え?」

クレイジーがうつ向いたまま何事かを呟く。聞き取れなかったリンクがきょとんとしていると、彼女はかっと目を見開いて顔を上げた。

「許さない!許さない!許さない!…壊してやる…皆壊してやる!!」

狂ったように怒鳴り散らすクレイジーに、スマブラのメンバーは驚いて押し黙る。しかしマスターが何やらぶつぶつと呪文を詠唱すると、破壊神は眩い薄紫の光に包まれ、ふっと意識を失いその場に倒れ込んだ。
いまだその体に聖剣と神剣を残したままの状態のクレイジーを、マスターはそっと抱き上げて、それから小さくスマブラのメンバーを振り返ると「後のことは任せろ」と呟いた。
背を向けて歩き出そうとするマスターだが、しかしそんな彼を止める声があった。

「待って、マスター!」

不審そうに創造神は眉をひそめる。声の主はカービィだった。ひたすらに不安げなその表情は、しかし確固たる意志を持ってマスターを見返す。

「クレイジーを…殺しちゃうの?」

真摯な瞳がマスターを射抜く。マスターは一瞬目を見開いたが、柔らかく笑むと首を横に振った。

「クレイジーは神だ。何人たりともこれを殺すことは出来ないし――たとえそれが出来たとしても…私はそうしないよ」

何処までも穏やかな声音に、誰一人反論を呈する者はいない。マスターはもう一度満足そうにスマブラのメンバーを一瞥すると、いつものように姿を歪ませ空間の狭間に溶けて消えていった。

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