表裏一体

*26

「…舐めるな、小童が!!」

痺れる体に鞭打って、ガノンドロフはがむしゃらに魔法弾を発射した。流石は魔王というべきか、本来ならば身動き一つも取れないはずなのに恐ろしい精神力と体力である。
さすがのリンクもガノンドロフの反撃は予想外だったらしく、何とか足を止めて襲来する閃光を斬撃で跳ね返す。しかしそのせいで、魔王への止めを刺す機会は失われてしまった。
勇者は再び魔王と間合いを取って小さく舌打ちした。

「…おとなしく殺られたらどうですか」

「それは俺に向かって言っておるのだろうな」

「おや、貴方以外に誰が居ます?」

「忌々しい餓鬼めが…」

ガノンドロフはマントの埃を払いながら立ち上がった。その様子を嘲笑を浮かべて見つめるリンクに、低く悪態を吐いてみせるも、勇者は微塵も気にする素振りを表さない。
それが余計に魔王の闘争心に火を付けた。

二人は同時に体勢を低くして、思い切り地面を蹴った。刹那、高らかに金属同士が噛み合う悲鳴のような音が辺りに鳴り響いたかと思うと、次の瞬間には再び間合いを取り、そのまま二人はお互いの距離を保ったまま屋敷の扉を突き破って隣の部屋へと雪崩れ込んでいった。



「やるわね、アンタのとこの勇者様も。あの魔王と互角に戦えるなんて想像以上よ」

ガノンドロフとリンクの戦いをちらりと見やってクレイジーが呟く。直後、クレイジーの顔面めがけてマスターの魔力の込められたストレートが放たれ、クレイジーは大きく体を反らした。
素早く飛び退って距離を取るクレイジーを、マスターは無表情に見つめて言った。

「当然だ。リンクもガノンドロフも…私の自慢の仲間だからな」

「また…二言目には“仲間”“仲間”って…絶対的な運命に逆らってまで、守る価値のあるものなの?“仲間”とやらは」

張り詰めていたクレイジーの殺気が微かに薄れる。マスターはそれを話し合いの合図とみて、同様に殺気を弱めた。

「永遠を生きるアタシたちにとって、アイツらなんて通り過ぎるそよ風も同然よ。そんなものにいちいち感情移入してたら…マスター、アンタの心がもたないわ」

クレイジーの声音はいつになく穏やかである。心なしか、狂気じみた表情も影を潜めたようであった。しかし依然としてマスターの表情には確たる感情は生まれない。そんな彼にしびれを切らしたようにクレイジーはさらに続けた。

「好きなだけ創って、壊して、変わらない永遠を過ごすことがアタシたちの宿命なのよ。今までだってそうしてきたじゃない…なのに、どうして…!」

クレイジーはマスターを見据える。何がなんでも答えを得なければ気が済まないと言うように、「何故」と再度答えを促す。マスターはしばらく黙っていたが、やがて小さく呟いた。

「見守ることを覚えたんだ」

「…は?」

マスターの返答に思わずクレイジーは素っ頓狂な声を上げた。彼女にとって、マスターの言葉は理解の範疇を超えていたのだ。
マスターはさしたる説明も挟まず、独り言のように続ける。

「私が創造した世界ではあるが、そこでは常に私の関与しえない想いが生まれ、互いに影響し合い、変化している」

「それが…何だと…」

「彼らの何処に守る価値があるかと聞いたな?…私は守る価値があるから彼らを守ろうとしているのではない。彼らを失いたくないと私の心が感じるから、守ろうとしているだけだ」

「それが何だと言うの!?」

突如クレイジーが叫ぶ。再び彼女を取り巻く凄まじい殺気が辺りに満ちた。

「所有物を失いたくないと感じるのはこの世の摂理…そんな当たり前な感情なんて、アンタが理由を語るのに使われちゃならないのよ!」

「それは…!」

マスターがわずかに眉根を寄せて反論するも、クレイジーはまるで聞く耳を持たずに言った。

「いくら神でもやって良いことと悪いことがあるのよ!破壊されるべき世界を残すだなんて…あっちゃならないわ!例外を一つでも作るってのは、これからも同じことが起きるってことなのよ!?」

「例外が起きてはならないのか?!今まで我々は摂理だ真理だと言って変わらない永遠を過ごしてきた。だがそもそもその“絶対”とは誰が定めた?誰が守らねばならないと決めたのだ?」

ここにきて初めてマスターが声を荒げる。クレイジーはその声を聞くと、大きく目を見開いてしばらく言葉を探すように口を開けたままマスターを睨みつけていた。
しかし彼女の銀の瞳は驚きに見開かれていたのではない。
あまりの怒りに感情を表現することすら忘れてしまっていたのだった。

「なんてこと…なんて…!」

「ここばかりは私も譲れないんだ…!」

怒りで言葉もままならない様子のクレイジーに、唇を噛みながらマスターが告げる。刹那、二人の殺気が再び辺りに緊迫した空気をもたらした。呼吸すら憚られるその張り詰めた世界の中心で、交錯する金と銀の瞳。二人はしばらく見つめ合ったまま、一歩も動かなかった。

その沈黙を先に破ったのはクレイジーであった。一瞬マスターから視線を外すと同時に、素早く身を屈める。その残像を追うようにして、青い斬撃が彼女をかすめた。

「誰だ!?」

凄まじい形相でクレイジーが叫ぶ。つられてマスターも斬撃を放った主を探して視線をさ迷わせた。
その彼が破壊された扉の先に見たのは、およそこの場にそぐわない可愛らしい小さなピンク色の球体。ピンク球はマスターを見つけるとにっこりと笑んだ。

「マスター!褒めて褒めて、ボク、一番にここに着いたんだよ」

「カ…カービィ!」

現在のこの状況を理解しているのか――おそらく理解していないのだろう――お気楽ピンク球はいかにも楽しげにマスターに向かって短い手を振ってみせる。
それからつぶらな瞳で唖然としたクレイジーを捉えると、カービィは若干真剣な表情を浮かべて言った。

「ボクが相手だ」

クレイジーの膝下ほどしかない大きさの英雄は、その瞳に込めれるだけの気合いを込めて、倒すべき敵を見据えるのだった。

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