表裏一体
*25
「ねぇ、ポポ」
「なんだい、ナナ」
「これ…一体どういう状況かしら?」
その一言と共に、ピンクの防寒着に身を包んだ少女ナナは勢いよく巨大な木槌を振り下ろす。その真下には、何とも形容し難い生物――そもそもあの紫のゼリー状の物体を生物と定義してよいのかどうか甚だ疑問ではあるが、とりあえずは動いて思考にも耐えうる脳を有するようである――が、哀れな断末魔を残して消えていった。
彼女と同じような恰好をした少年ポポも、同様に小さな体躯に合わない重量感のある木槌を振り回していた。
「あはは、ナナったら見れば分かるじゃないか。現在進行形で敵襲を受けてるだけだろう?全く、お茶目さんなんだから」
酷くにこやかに答える言葉とは裏腹に、彼の操るハンマーは情け容赦なくゼリー状の物体を叩き潰してゆく。
そんな彼らの横をふわふわと飛ぶピンクの球体は、ポポとナナが弱らせ動きの鈍った物体を「ぶどうゼリーだぁ」と言いながら、喜んで吸い込んだ。ごくんと飲み込む音をたて、しばらく考え込むような仕草を見せるピンク球は、剣を握ってポポナナ同様にゼリー状の物体を相手取る赤毛の青年に声をかけた。
「ねー、ロイ。これホントにクレイジーが送ってきた敵さんなの?こんなに甘くておいしいのに」
「お前何食ってんの!?しかも甘いのかよ!」
「おや、カービィさん。あちらの赤いヤツは少し辛味がありますよ」
「ヨッシィィィ!お前も食ってんのか!」
彼らが聞く耳を持たないと分かっていても、思わず我を忘れて突っ込みを入れるロイ。その隙を数多くの敵が見逃す訳がない。ゼリー状の物体は、一斉にロイに向かってぐちゃぐちゃと嫌な音を立てながら飛び掛った。それを視界の端で捉えたロイの顔に微かな嫌悪の色が覗く。
「うわぁ…」
短い感動詞を口にするだけで、ロイは避けようとしない。しかし敵の攻撃が彼に届くことはなかった。何故かと言えば、スーパースコープを担いで、ロイに飛び掛る物体にしっかりと照準を合わせるサムスがいたからだ。
刹那、激しい爆音が屋敷を揺らした。
「げほげほ…ありがと、サムス。助かった」
「いくら雑魚相手だからって、油断しちゃ駄目よ」
舞い上がる砂塵の中、立ち上がったロイは咳き込みながらサムスに礼を述べる。
対するサムスは素っ気なく答えると、再び別のターゲットを探して駆け出した。ロイも小さくため息を吐くと、皆が目指す方向と同じ――最上階に足を向けるのだった。
時を遡ること数十分、例によってマスターの結界を難なく破ったクレイジーは、ガノンドロフとその他多くのゼリー状の物体を引き連れて屋敷に雪崩れ込んだ。マスターはいち早くクレイジーとの戦闘に入り、屋敷中の床を破壊しながら最上階へと行き、またガノンドロフとリンクも二人の神を追うようにして戦闘の場を屋敷の上層部へと移していった。残される形となったスマブラメンバーは何とか四人を追おうとしたが、クレイジーの連れてきた雑魚敵の数に圧倒されて少なからず苦戦していた。
最大の戦力となるはずのマルスは、いまだ本調子でなく、長時間の戦闘は望めない。しかしそれでも余りあるスマブラメンバーの爆発的な猛攻は、次第に劣勢だった戦局を動かし、数え切れない程の敵を殲滅せしめてみせたのだった。
「よっしゃあ皆!さくっと破壊神を倒してやろうぜ!!」
マリオの喝が飛び、その場にいるメンバーの士気を一気に鼓舞する。皆が思い思いの掛け声を上げ、屋敷の階段を飛ぶようにして駆け上がっていった。
「っらああああ!!」
低い掛け声と共に、緑衣の青年の白銀の剣が浅黒い肌の男に向かって振り下ろされる。男は軽く身を反らしてその刀身を避けると、隙だらけとなった青年の腹部めがけて蹴りを見舞った。が、青年はそれを常人離れした身体能力でかわしてみせると、地に這いつくばる程の低い姿勢で男を睨み付けた。その姿、瞳は、まさに獣と呼ぶにふさわしい。
「どの面下げて戻って来たんですか?ガノンドロフ」
端正な顔を歪ませ、青年は呟く。答える男は野太い声で笑った。
「さてな。だが、何事も早いに越したことはない」
「貴方という人は…!!」
再びリンクはガノンドロフに斬り掛った。しかしそのあまりに直線的な攻撃は、ガノンドロフに容易に見切られ手痛いカウンターを食らうこととなってしまった。
振り抜こうとしたリンクの左手を、ガノンドロフは易々と片手で受け止めて見せると、紫の焔を纏った反対の拳を勇者に叩き込む。その衝撃で勇者は思い切り吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。小綺麗に手入れのされた白い壁に、大きな亀裂が入る。
「っ…!」
それでも勇者はすぐさま起き上がって、再び碧の双眸で魔王を見据えた。その視線を受けて、魔王はくつくつと面白そうに喉を鳴らす。
「進歩がない小僧だ。真っ直ぐ突っ込む以外の戦い方を知らんのか」
「余計なお世話です」
リンクはさっと剣を鞘に収めると、目にも止まらぬ速さで弓に矢をつがえた。そして一瞬、ぎりと引いたかと思えば、数本の矢が同時に魔王めがけて飛び出していた。風を切って飛来するそれを、魔王は片手に魔力を込めて払い除けるが、しかし勇者の攻撃はとどまるところを知らず、矢筒に残る矢を次々と射掛けていく。
「こざかしい!」
止むことのない矢の雨を、一際強く払った腕で一掃しながら苛立だしげにガノンドロフは叫んだ。そうして多少の傷は覚悟で大きく魔法弾を放つ構えを取る。が、その魔王の怒りに満ちた紅い瞳は、一瞬で驚愕に彩られるのだった。
「うぉ!?」
魔王の額に狙い違わず飛んで来たのは、ただの矢ではなかった。金色に輝くそれは、聖なる光の尾を引きながら真っ直ぐとガノンドロフに襲いかかった。
魔王討伐の際、勇者が携えたという“光の矢”である。
光の矢をまともに食らって、しばし動きの止まったガノンドロフをリンクは肉食獣のような鋭い眼光で捉えると、一切の無駄のない動きで魔王に駆け寄った。
余分な口上はなく、ただ一言勇者は呟いた。
「死んで頂きましょう」
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