表裏一体

*22

マルスの意識が戻ったのは、翌日の昼頃のことだった。ネスのヒーリングとマスターのよく分からない回復魔法、またマリオの珍しく真面目に調合された薬と、そして何よりマルス本人の常人離れした気合いと根性で彼の容態は着実に快方へ向かっていた。
一方クレイジーの襲撃により、一時は騒然となった屋敷だったが、マルスが目を覚ます頃には常時の落ち着きを取り戻しており、そのことはとりあえずマルスを安堵させた。

ロイは王子の意識が戻ったことをマリオから聞くと、返事もそこそこに医務室へ駆け出した。彼は早い段階からマルスと別れてしまっていたし、その容態も人伝にしか聞いていない。その後も迷惑をかける、とマルスとの面会を遠慮していたが、意識が戻ったのなら話は別だ。
彼は喜々として医務室の扉の前に立った。

が、彼が扉に手をかけたその瞬間、室内から普段聞かないような激した声が響いたので、ロイは扉を開くことを躊躇った。
それが正解だった。

「この大馬鹿者!!」

ロイがその時聞いたのは、マルスの声だった。
はて、マルスは目覚めたばかりではなかったか。それをあんなにも激した様子で一体どうしたのだろう。
そもそもマルスはキレることはあっても大声で怒鳴るようなことはしない。というかロイは、まだそのような王子を見たことがなかった。
そういった背景から、ロイは沸き上がる好奇心を抑え切れずに部屋から聞こえる会話に耳を傾ける。部屋の主はロイの存在などまるで気付かずに続けた。

「君がいくら自己嫌悪に陥ろうと僕は構わないがね。自分から命を捨てようだなんて、そんなことは絶対に許さない」

「すみません…」

王子の怒号に消え入るような声音で答える低い声は、リンクのものだ。ロイは一瞬何の話か理解出来なかったが、一拍置いてリンクがマルスの為に自決しようとした昨日の一場面を思い出した。始めは、全てを自分の責任にしようとするリンクに対してマルスが怒っているのかと思ったが、どうやらそういう訳ではなさそうだ。
しかしマルスがリンクの謝罪の言葉にも満足することはなく、更に辛辣な言葉を勇者に浴びせる。

「自己犠牲の精神は一見美しいようにも見えよう…確かに君が元居た世界では自己犠牲が美徳だったかもしれない。――だがこの世界では違う。英雄住まうこの地で、君一人の犠牲など大した意味を持たないのだ。それは華々しい死ではない。単なる犬死にだ」

「……」

「思い上がるのも大概にしたまえ」

「…そこまで言いますか?」

「それだけ僕は怒っているんだよ」

少し調子を和らげて、マルスは答えた。小さく二人の間に沈黙が降りる。しばらくして、マルスがぽつりと呟いた。

「――嬉しかったよ」

リンクは黙っている。反応に窮しているようでもあった。

「君はどうも他人との関わり合いを避ける傾向がある。敬語を使うのもその表れなのだろう?だから君は、僕にも心を開いてくれないのだと思っていた」

ぽつぽつと本心を語るマルスの声に、言葉もなく聞き入るリンクとロイ。ドア越しに会話を聞くロイは、ここまで素直に心境を吐露するマルスに驚きを隠せないでいた。
またさらに続く言葉は、普段のマルスからは信じられないような言葉であった。

「君が敬語も使わず、必死になって僕の名を呼んでくれたとき――僕は堪らなく嬉しかった。こんな僕でも、君の中である程度の位置を占めるだけの存在になれたのだと実感出来たからね。だから、死ぬものかと思えたし、君を死なせてなるものかとも思った」

マルスの声はひどく落ち着いていた。照れるでもなく淡々と想いの内を述べてゆく。リンクは長く黙り込んでいたが、やがて静かに口を開いた。

「私は、誰かに頼ることを避けていました」

「そうだろうね」

「何としてでも自分だけの力で仲間を守ろうと…」

「なるほど」

「…間違っていたようですね、私は」

自嘲っぽい乾いた笑いが響く。それに被せてマルスの低い声が言った。

「分かればいい。――君一人が戦う必要はないし、皆は君が守るまでもなく、強い」

「そのようで」

二人の動きが再び止まる。ロイがさらに扉に耳を近付けて話を聞き取ろうとしたところ、唐突に扉が内側に開かれた。見れば呆れたような表情のリンクがロイを見下ろしていた。

「フェレ家のご子息が盗み聞きですか」

「いや…そういうつもりじゃ…」

言いかけてロイは口をつぐむ。そういうつもりではなくて何だと言うのか、と考え直したのだ。苦笑して頭を掻きながら「ごめん」と謝った。

「まぁいい。別に大したことを話していた訳でもないし、ロイのことだ、一晩寝れば内容など忘れるに決まっている」

「おいおい、人がせっかく心配して見舞いに来てやったのに、とんだ言い草だな」

マルスがベッドの中から軽口を叩いて寄越す。一瞬青白い顔でベッドに横たわるマルスを見てぎょっとしたロイであったが、軽口を叩いてみせる王子に半ば安堵の思いを覚えながら言い返した。そうしてふとリンクに向き直る。

「リンクもなんか吹っ切れたみたいで安心したよ。…昨日はどうなるかと思ったけど」

「昨日はご心配をおかけしました。…色々と思うところがありまして、あんな態度を取ってしまって…」

「ピカチュウとプリンがすごい心配してたぞ。あとで何か言っといてやれよ」

「おや…そうですか。…ババロアでも作って差し上げましょうかね…」

ようやくリンクが苦笑ではなく、微笑みを見せた。つられてロイも口の端を緩ませる。マルスもその蒼い瞳を細めて二人を眺めていた。
リンクもマルスもほぼ普段通りの受け答えをするまでに回復したようだ、とロイは自分の中で結論付ける。ただ二人が傷付く場面を見ていることしか出来なかったロイにとって、それは大いに心を癒す要因を担うのだった。

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