表裏一体
*21
「リンク…」
ゼルダは不安げにリンクの名を呼んだ。終点からネスやマスターが付き添い、マルスがファルコンに運ばれて医務室の扉の向こうに消えて尚リンクはその扉を見つめていた。――ちなみにその扉とは、全ての大乱闘用の異空間や、屋敷内の部屋に繋がる扉のことで、唯一ここ終点にのみ存在する。いわゆる“どこでもドア”…的な物な訳だが、空間をねじ曲げて全てを創造する神の前に、そのような芸当はさほど難しいことではなかった。
「貴方も、何処か怪我をしているのではありませんか?私で良ければ手当ていたしますが…」
ゼルダがリンクの顔を覗き込む。しかしリンクはうつ向いたまま答えた。
「必要、ないです」
その固い声にゼルダは思わず後退る。リンクは構わずさっと立ち上がると、マリオを振り向いて尋ねた。
「帰ってもいいですか」
駄目と言っても帰る、そんなオーラが彼からは出ている。そんなリンクのオーラに負けたマリオは止めることもせず、ただ無言で頷いて見せた。リンクはそれを確認すると、つかつかとファルコンらが使った扉の取っ手を掴み、それを押し開いた。僅かに見える風景から、それがリンクの部屋であることが分かる。ゼルダは慌てて彼の後に続き、二人とも終点から去っていった。
『リンクしゃんは何をあんなに怒っているんでしゅか』
二人の姿が見えなくなると、舌足らずな言葉遣いでプリンが誰ともなく尋ねる。それにはピカチュウが自信無さげに答えた。
『多分…ガノンドロフが居なくなったのも、マルスが大怪我したのも、全部自分のせいだと思い込んでるんじゃないかな?リンクって…結構そういうところあるし』
「ちぅー」
ピカチュウの深刻そうな声音にピチューが切なげな鳴き声を上げる。そのピチューの頭をミュウツーは不器用に撫でた。
『だとすればそれは杞憂だ。誰もあやつを責められはしない』
『そうなんだけど…それを明確な言葉にしてくれる人が、今あんな状態だから…ねぇ』
ピカチュウは終点にぽつりと佇むかの扉を見つめた。
恐らく彼はしばらく――少なくとも一日は目を覚まさない。健康な時はトラブルしか起こさないのに、肝心な時にへばって居ないだなんて酷いじゃないか。
『早く目を覚ましてよ…マルス』
皆の為にも。そして何よりリンクの為にも。
ボクだけじゃ、彼の無実を言葉に出来ないから。ボクだけの力じゃ、仲間が苦しんでいても、それを見ていることしか出来ないんだ。
だから、お願い。
目を覚まして、リンクに言ってあげて。
“君のせいじゃないんだよ”って。
「リンク!どうしたと言うのですか?…貴方らしくもない…!」
ゼルダは珍しく声を荒げてリンクに詰め寄った。リンクは変化に乏しい表情ながらも、若干困ったように視線を泳がせた。しかしゼルダはリンクが逃げることを許さない。細く白い腕で、リンクの手を掴む。
「貴方一人で抱え込む必要なんてないじゃないですか!…それとも何ですか、私では信用出来ないとでも?」
「そんなこと…っ!」
ない、と否定しようとしてゼルダの顔を見ると、今度はゼルダが目に涙を浮かべて見上げてきていることに驚き、思わず言葉を詰まらせるリンク。ゼルダはリンクの手を掴む腕に力を込めた。
「私…怖いんです。貴方が…何処か遠くへ行ってしまいそうで…こんなに、近くに居るのに…」
「ゼルダ…」
うつ向くゼルダを悲しげな表情で見下ろす。リンクは言うべきか言わないべきか、悩むように長い間黙りこくっていたが、やがて真っ直ぐとゼルダの群青の瞳を見つめて喋り出した。
「私は何処にも行きません。ゼルダの隣が、私の唯一の居場所なのですから」
「…本当に?」
「ええ」
にっこりと笑んで、ゼルダの細い手を握り返す。縋るようなゼルダの視線に半ばくらくらとしながら、リンクは続けた。
「でも、ゼルダには謝らなければなりません…私はしばらく、貴方を欺くことになる」
「それは…どういう…?」
「言えないのです。ですから、謝らなければならないのです」
あくまで笑顔は崩さずに、ゼルダの顔だけを真っ直ぐ見つめてリンクは語る。笑顔であるはずなのに、勇者は今にも泣き出しそうな頼りない表情を浮かべていた。
知恵のトライフォースを有する姫は、なんとなく勇者の置かれた状況を理解出来た。また、勇者が見た目程――あるいは見た目通り――嘘ぶくことが得意でないことも了解する。
柔らかく微笑んで勇者の碧い瞳を見上げると、自分を見下ろす勇者の金の髪を撫でた。
「また…貴方は、私に隠れて何かやるおつもりなんですね」
「…すみません」
「いつもいつも無茶ばかりして、私に心配をかけさせることに関して貴方の右に出る方は居ませんわ」
「…おっしゃる通りで」
「――私は」
言葉を切るゼルダ。リンクは不思議そうに続きを促した。
「…なんでしょう」
「…待っています」
リンクは目を見開く。彼が予期せぬ言葉にたじろぎ沈黙を守っていると、ゼルダはもう一度優しく微笑み、続けた。
「貴方を信じて…待っていますから」
それだけを言い残すと、姫君は紫のドレスを揺らしながらリンクの部屋を後にした。残された勇者は、ただ黙って出ていく姫の背中を見つめている。
勇者の部屋の扉がぱたんと閉まり、辺りが一切の静寂な包まれた時になって初めて、リンクは苦笑を漏らした。
「私には信じられる価値もないというのに」
自嘲めいた呟きは、降り始めていた夜の帳に消えていった。
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