表裏一体

*20

クレイジーは残酷な気分でその声に聞き入っていたが、マスターがそれを許すはずがない。金の瞳に燃え上がる怒りを映して、マスターはクレイジーの左肩辺りを右手から発した赤い光線で撃ち抜いた。クレイジーはその攻撃で派手に吹き飛ばされ、壁を粉々に突き破って瓦礫の下敷きとなった。それと同時に唐突にマルスの体の緊張が解け、一つ深く息を吸うと、浅くではあるがしっかりと呼吸を始めた。

「…やってくれるじゃない…マスター」

ガラガラと音を立てて瓦礫の下から立ち上がるクレイジーを、マスターは無表情ながらも激しい怒りをもって迎える。クレイジーはパンパンと服の埃を払いながら言った。

「アタシが魔力を行使するときは、いつだって左手に魔力を溜めなきゃならない。それはアンタも一緒の話だけど…こんなことするから、あの王子への呪いが解けちゃったじゃない。――アタシだって、怒ったわよ。本気出しちゃうんだから」

クレイジーは撃ち抜かれた左肩をさすりながら不敵な笑みを浮かべる。それに銀髪の男が鋭く答えた。

「刺し違えてでも、お前は滅ぼす」

クレイジーは何も答えず意味深な笑みを浮かべる。ただ、その瞬間彼女から発せられる殺気が数倍に膨れ上がった。それには思わずマスターも額に汗を浮かべた。
が、唐突に二人の会話を遮る者がいた。今まで黙っていたガノンドロフその人である。
ガノンドロフは手に紫の魔法弾を作り出すと、それをクレイジー――ではなく、マスターに向けて投げ付けた。勿論マスターはガノンドロフが攻撃してくるなどと思っていない。まともに魔法弾を食らって、先のクレイジー同様部屋の壁を粉々にして床に倒れ込んだ。

「ガ…ガノンドロフ…?!お前…一体何を…」

倒れた状態からマスターがガノンドロフを見上げて呟く。リンクもクレイジーも訳が分からず呆然と二人を見つめた。

「――飽いた」

「な――」

返ってきたのは、マスターには理解し難い言葉だった。
“飽いた”と?この平穏無事な世界に、飽きたと言いたいのか?

ガノンドロフはゆっくりとした足取りで、呆然と立ち尽くすクレイジーの元に進むと、口を思い切り歪ませて不敵な笑みを作った。
その口から吐き出された言葉は、マスターとリンクを絶望の淵へと追いやるのに十分過ぎるものだった。

「クレイジーと言ったか…貴様の力とその考え方に興味が沸いた。貴様が如何な働きをするのか、是非ともこの目で見たいものだ」

しばらく、その場にいたガノンドロフ以外の者は、皆状況が理解出来ずに黙り込んだ。やがて、時間が立つにつれて状況理解に至ったリンクとマスターが呟く。

「…馬鹿…な…」

「我々を裏切ると…そう言うのですか…ガノンドロフ!!」

そんな二人の言葉など露ほども気にかけず、ガノンドロフはクレイジーの挙動を窺っている。クレイジーもしばらく黙っていたが、やがて狂ったようにけたたましく笑い出した。

「ふふ…ひゃははははは!!裏切るって?マスターを裏切るって言うの?!可笑しいッ!見上げた根性じゃないの!あはははは!!」

何処かネジが抜けたように笑い続けるクレイジーだが、突如笑い止んでガノンドロフを見据えると口の端を吊り上げて言った。

「気に入ったわ、アンタ。アタシの仲間にしてあげる」

その言葉を聞き、ガノンドロフは一層笑みを深めた。クレイジーは再び笑い出すと、今度はマスターに言った。

「哀れね、マスター!大事にしてきた手駒――いえ、“仲間”だったかしら?あろうことかソイツに裏切られるなんて!」

マスターは言い返す気力もないようで、ただ唖然とガノンドロフとクレイジーを交互に見つめている。代わりに、リンクが怒号を上げた。

「ッ…貴様ァァ!何のつもりだ!これからどうなるのか分かっているのか?!」

敬語など欠片もない荒々しい怒声に、しかしガノンドロフは穏やかな声高で返す。

「全て了解している」

「そんな…貴様…!」

怒りで言葉もままならないようで、リンクはただガノンドロフを睨み付けることしか出来なかった。そんな様子を一瞥した後、クレイジーはガノンドロフに命令する。

「左手が使えないんじゃ、せっかくの破壊も楽しくないわ。異世界に帰りたいんだけど、移動魔法は使えるかしら?」

「承知した」

ガノンドロフが魔力を溜めると、黒い光が二人を包む。マスターが伸ばした腕も虚しく、二人の姿は跡形もなく消え去った。



「マスター!」

マスターとリンク、マルスが重々しい足取りで終点に向かうと、先に終点に集まっていたメンバーがどっと三人の元に集まった。マスターはうつ向き加減のまま、皆を黙らせた。

「すまない皆、聞いてくれ。――実はガノンドロフが…」

「…知ってるよ」

沈痛な面持ちで子供リンクが答える。マスターは、しかし合点がいかずに首を傾げた。
それに気付いたのか、マリオが説明を加えた。

「ミュウツーの超能力とここの映像設備で、ガノンドロフの部屋で起きたことは全部見させてもらったんだ」

「…そうか…」

マスターは疲れたように笑った。その表情にメンバーは一様に不安を覚える。何とか話題をそらそうと、ネスはリンクに抱きかかえられたマルスの元へ駆け寄った。
彼自慢の蒼い装束は、赤黒い液体でぐっしょりと濡れ、肩を上下させていなければ生きていると断言出来ないほど顔色は優れなかった。

「しけた話は後だよ。今は怪我人を何とかしなきゃ…ね、リンク。もうマルスを離しても大丈夫…」

言いながらネスはリンクを見上げてぎょっとした。彼もまた、マルスに負けず劣らず真っ青な顔をしているのだ。普段の表情が薄いだけに、その変化は劇的であった。

確かに全てのメンバーがガノンドロフの裏切りの瞬間を見た。マルスの苦しむ姿を見た。だが、それが個々に与える影響は大分異なっていたようだ。

ネスは困ったように後ろの大人を振り返る。するとゼルダとファルコンが歩み出て来て、ゼルダは優しくリンクの肩を抱き、ファルコンはリンクの腕からマルスを抱き上げた。
勇者はなかなかその手を離そうとしなかったが、ついにその手を放すと腰が抜けたようにその場に座り込んだ。

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