表裏一体
*19
「…っの馬鹿!!こんな狭いところで神と神が激突したら大変なことになるだろうが!」
ガノンドロフは、マスターとクレイジーの魔力の衝撃波によって落下してきた、天井の板やらタンスやらの下から這い出しながら悪態を吐いた。そして、自分の下でそれらの難を逃れたリンクとマルスを瓦礫の上に引き上げる。
「すまないね、君に助けてもらう日が来ようとは思いもしなかった」
「体がでかいだけが取り柄ですから、この人は」
「…喧嘩売ってるのか貴様ら」
マルスとリンクが口々に思ったことを述べる。ガノンドロフは半ギレ状態でリンクの胸ぐらを掴んだが、それも再び沸き上がった殺気によって遮られた。
「平和ボケしちゃったかと思ったけど、やっぱり創造神の力は顕在してるのね」
「勿論だとも」
マスターとクレイジーはお互い無傷で向かい合う。殺し合いの最中とは思えない穏やかな会話である。しかし殺伐とした空気はどうしても消せなかった。
「これ以上私の邪魔をすると言うなら、私の半身といえど容赦はしない――死んでもらう」
「殺せやしないわ。アタシを殺せば困るのはアンタよ…そもそもアタシは間違ったことなんて何一つしてないんだから」
一つ息を吸って、クレイジーは続けた。
「アタシは破壊神。壊すことだけがアタシの存在意義。そしてアンタは創造神。創ることだけがアンタの存在意義。数え切れない程の世界を創り、そして壊してきたアタシたちの自然な循環を、他ならないアンタが崩した。――アタシは昔から変わっちゃいないわ――…変わったのはアンタの方よ、マスター」
何処か悔しげな、それでいて沈痛なクレイジーの声は、マスターにもその他の三人にも確かに届いた。しかしマスターは表情を変えずに答えた。
「私は…そう、変わった…長く変わらない歴史の中で、私の心は――変わっていった」
「そこのちっぽけな手駒のせいでかしら?」
クレイジーがいかにも皮肉らしくガノンドロフら三人を顎でしゃくる。マスターは銀髪を微かに揺らしながら三人を振り返り、静かに笑んだ。
「その通り。だが、彼らは私の手駒などではないよ…私の仲間でもあり、何者にも支配されない、尊敬すべき英雄だ」
「うるさい!!」
唐突にクレイジーが叫ぶ。マスターは微かに顔をしかめたが、リンクやガノンドロフ、マルスは飛び上がらんばかりに驚いた。クレイジーは息を荒くしてまくしたてるように叫んだ。
「アタシはそんな言葉が聞きたくてここに来たんじゃないわよ…!いつからそんな腑抜けたヤツになっちゃったの?!創った物に情が移るなんて…どうして…どうして!」
「お前には分からないだろう」
マスターが淡々と言い放つ。クレイジーは金髪を振り乱して銀髪の男を見上げた。その眼には憎しみの色が露になる。
しかしクレイジーは、キッとマスターからマルスに視線を移すと、今度は勝ち誇ったような残忍な笑みを浮かべて言った。
「分かったわ…アンタはアイツらのせいでおかしくなっちゃったのよ…アイツらさえいなければ、きっとアンタも元通りになる。…――アイツらさえいなければ!!」
「…待て…っ!!」
初めてマスターの顔に焦りの色が浮かんだ。何とかマルスらの前に走り出てクレイジーの攻撃を止めようと結界を張るが、クレイジーはマスターを軽々と弾き飛ばしてマルスに狙いを定めた。その意味を唐突に理解したリンクだったが、既に時遅く、マルスは苦しそうに咳き込むと、その場に蹲って大量の血を吐いた。なおも吐血は止む気配を見せない。リンクは悲鳴に似た声でマルスの名を呼んだ。
「いやだ…マルス!しっかりして…!」
「クレイジー!貴様…何をした!?」
マスターが鬼気迫る形相で問い詰める。だが先の攻撃の衝撃が残っているようで、立ち上がってはこない。クレイジーははんなりと笑んで答えた。
「何って…さっき施しといた内部破壊の呪文を発動させただけよ?ちょーっと内臓が壊れて苦しいだけじゃない…ま、か弱い人間には耐えられないかもしれないけど」
「止めて!マルスを殺さないで!」
リンクが普段の敬語も忘れて叫んだ。今にも泣きそうな表情で、青白い顔のマルスの肩を抱いている。
クレイジーはリンクのそんな様子を認めて笑みを深めた。
「止めてなんかあげない…でも、アンタが代わりに死んでくれたら、考えてやってもいいけどね」
にたりと笑うクレイジーの言葉を聞くと、リンクはマルスを抱く腕に力を込めた。そしてマスターやガノンドロフが止める間もなく、背に負った聖剣を抜き放つと自らの胸に突き立てたのだった。
が、その剣が持ち主の肉体を貫くことはなかった。
細く白い血まみれの王子の腕が、勇者の手を掴んだからだ。
マルスは息も絶え絶えにリンクを見上げながら、しかし蒼の双眸には確かな光を宿して絞り出すように言った。
「…死ぬことは…許さない…この…僕が…」
「でも…っ」
リンクが苦しげに顔を歪ませて反論する。しかしマルスは反論を許さなかった。また酷く咳き込んで、それからリンクの肩に手をかける。
「…君如きが…僕を…悲しませるつもりかい…?」
額には玉のように汗を浮かべ、形の良い唇は紫色となりワナワナと震えている。それでも王子の蒼い視線だけは、勇者の碧い瞳を捉えて離さない。
リンクは困惑したようにマルスを見据えた。
しかしクレイジーはそうもいかない。さらに狂気じみた調子で声高に叫ぶのだった。
「――ッ貴様らァァァ!…腹が立つ!腹が立つ!!今すぐ壊れてしまえ!壊れて無くなれェェェ!!」
一際高い声でクレイジーが叫ぶと、にわかにマルスの表情が変わった。空気を吸うこともせず、ただ痛みに全身を硬直させて、床に這う形となっている。リンクは半狂乱になって彼の体を抱きすくめた。
「マルス!嫌だ…マルスが…どうして…俺のせいだ…マルス…――嫌だァァァ――っ!!」
リンクの悲鳴が辺りに響いた。
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