表裏一体
*17
「本当に良かったのか?リンクとマルスを置いてきて」
クレイジーから逃げている最中、フォックスは不安げにネスに問う。リンクだけならともかく、意識のないマルスも一緒に置いてきたのだ。心配するのも当然である。
しかしネスは、毅然として答えた。
「大丈夫。リンクには考えがあるんだ」
「考え…?」
「彼はまたクレイジーを出し抜こうとしているんだね」
シークが横から口を挟む。顔は布に覆われているのでその表情は窺えないが、その声は何処か愉しげであった。しかしロイはまだ心配そうに声を上げた。
「でも、相手は神様だぜ。何度もハッタリが効くかどうか…」
『その時はその時だよ』
ピカチュウがロイの言葉を遮る。その有無を言わせぬ強い調子に、ネス以外のメンバーは先を行くピカチュウを驚いたように見やるが、ピカチュウはほぼ独り言のように続けた。
『信じていなきゃ…きっと大丈夫って、ボクたちだけでも信じていなきゃ』
「ピカチュウの言う通りだ」
唐突に廊下に聞き慣れた声が響く。メンバーがはたと足を止めると、何もない空間がぐにゃりと歪み、銀髪の男がどこからともなく現れた。
言わずと知れたこの世界の創造神、マスターハンドである。
マスターは金の瞳をすっと細めると、低い声で続けた。
「信じる力は、時として何よりも強固な武器になる。それは私たちが持たず、君たちが誰でも持つ唯一のもの」
メンバーはただ訳も分からず立ち尽くす。マスターは特に気にすることもなく話題を変えた。
「時に英雄諸君、我が半身クレイジーは何処にいるのかな」
非常に穏やかな、低い声だった。はずなのだが、何故かメンバーはマスターの発する殺気にも似た異様な気迫に辟易していた。
それはまさしく、先程クレイジーが放ってみせた“神”の気配。
この時になって改めて、メンバーはマスターが神であることを認識した。
「リンクが…」
なんとか神の気に耐え、口を開いたのはネスだった。それに勇気付けられたようにロイが後を継ぐ。
「食堂から西棟へ続く廊下で、リンクがクレイジーを引き付けてくれたんだ。俺たちはその隙に逃げて来て…」
「リンクだけで?」
「えぇ…あと、あそこには気絶したマルスもいたわ」
サムスが苦々しげに答えた。それは他のメンバーも同様で、皆後ろ髪を引かれる思いでリンクにクレイジーを任せてきたのだった。
そんな中で、ピカチュウが不安そうにマスターを見上げる。その声も静かながら、動揺の色が濃く滲み出ていた。
『マスターはこれからどうするの?』
皆の視線がマスターに集まる。マスターははんなりと笑んで彼らに背を向けた。
「クレイジーの元へ」
再び空間が頼りなさげに揺らめく。マスターは一瞬メンバーを振り返った後、肩越しに「終点で待っていろ」と告げると、跡形もなく姿を消した。
長い廊下を駆け抜け、誰かの部屋に隠れた時に初めてリンクは後ろを振り返った。扉から顔だけを出し、辺りを窺う。
誰も追ってくる気配はなかった。
リンクはそっと後ろ手に扉を閉め、息を吐く。
「はぁ…助かった」
「本当にそうかい?」
「うわあ!?マ…マルス?」
独り言に返事があり、リンクは飛び上がった。リンクが声の主を探せば、眉目秀麗な蒼髪の王子が壁に背を預けてこちらを見返している。勇者はその碧の瞳で驚き呆れたように王子を見つめ、一言呟く。
「不死身ですか」
「違うよ…残念ながらね」
へらへらと笑ってみせる王子の顔は心なしか青白い。リンクは不安げにマルスの顔を覗き込んだ。
「本当に大丈夫なんですか?クレイジーに何かされたようでしたけど…何処か異状は?」
マルスはリンクの問いに少し考える風な素振りを見せて、しかし首を横に振った。
「何にも。ただ体がだるい」
「おかしいですね…クレイジーが魔術を失敗したとでも?」
「さぁ、分からない。ところでここは誰の部屋だい?」
「俺の部屋だ」
今度はマルスが驚いたように声の主を振り返った。そこには燃えるような赤毛に褐色の肌の大男、ハイラルの魔王ガノンドロフがリンクとマルスの二人を邪魔そうに眺めて立っていた。
リンクがいらいらしたように舌打ちする。
「なんでこんな時に貴方の世話にならなきゃいけないんですか」
「それはこっちの台詞だ。勝手に俺の部屋に転がり込んできおって」
そうか、とマルスは一人状況理解に至る。
クレイジーの攻撃で気を失った彼を、何かしらの方法でリンクはここまで運んで来てくれたのだ。しかもさっきの様子から察するに、相当危なかったと見える。それこそ宿敵の手まで借りねばならないほどに切迫した状況だったのだ。
しかし和やかな雰囲気は長く続かなかった。
凄まじい轟音と共に、部屋の扉が吹き飛ぶ。幸いリンクは飛んできた扉を紙一重で避けることが出来たが、ガノンドロフの部屋はなんだか凄惨なことになっていた。
「見ぃぃつけたぁ」
金髪の女が部屋の入口に仁王立ちして室内の三人を見つめる。ガノンドロフはのしのしとリンクの隣まで歩み寄った。
「奴がクレイジーか」
「えぇ」
短くガノンドロフとリンクが言葉をかわす。直後、三人は一様に剣を構えたが、リンクの鋭い制止の声が飛んだ。
「マルス、本調子でないのなら下がっていて下さい」
しかしマルスは聞かない。リンクに一瞥をくれることもなく言った。
「君に命令される筋合いはない」
「でも…!」
珍しくリンクが食い下がる。普段はマルスにすぐ言いくるめられるリンクだが、何故か今日は歯切れが悪い。だが、かといってマルスもリンクの言いなりになる気は毛頭なかった。
「この僕に隠し事をするような人間に、僕の命を預ける気にはならないと言っているんだ」
蒼髪の王子の深海色の瞳は、依然として破壊神を見つめている。一方の金髪の勇者は呆けたように王子の横顔を碧の双眸に映していた。
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