表裏一体

*15

「何したんだ、あの王子…!」

やっとのことで絞り出した言葉は、我ながら動揺していたと思う。それでも僕の動揺など、隣に立つロイの比ではなくて。

「マルス!!」

彼の名を叫んで走り出したロイは、今にも発狂しそうな勢いだ。そんなロイの様子と言い、この前のリンクの発言と言い、あの王子も意外と信用されているんだな、と場違いな思考が頭をよぎる。なんとか意識を覚醒させて、僕もバットを片手にロイの後を追った。

食堂からその廊下までの距離は、決して長くない。だが、その時のロイには僅かな時間すら永遠に等しく思えた。
遅々として前に進まない自分の足がもどかしい。早く行かなければ――何か悪いことが起きるに違いない!それとももう起きているのだろうか…この不気味なまでの静けさは一体…。

やっと辿り着いたその場所でロイは急停止する。そこに至ってマルスが一人の少女といたことを思い出し、二人の姿を長い廊下に探した。

探し人はすぐに見つかった。マルスも少女も、廊下の中程に並んで立っている。ロイはその姿を確認すると、少なからずほっと胸を撫で下ろした。

しかしロイの安堵も一瞬のうちに崩れ去ることとなる。

「あはははは!笑っちゃうわぁ、アナタ、本当にこないだの青い王子サマ?」

少女が唐突にマルスに話しかける。その様子に先程のはにかむような素振りはない。しかもよく見ると、マルスは自分の力で立っているのではなく、少女の腕一本に胸ぐらを掴まれ立たされた状態となっていた。
当のマルスはぐったりとして動かない。少女の言葉にもまるで反応がなく、今更ながらロイはマルスの服がところどころ焼け焦げていることに気付いた。

「な…何してるんだお前…?!」

かすれた声でロイが少女に問う。少女は興を削がれたようにロイを見やった。

「何よアンタ…新顔ね。…と、後ろの坊やはこないだへばってた子かしら?」

少女は遅れてやって来たネスを見て薄く笑う。一方のネスは少女とまるで面識がないので、訳が分からず立ち尽くしていた。

「アンタ誰?アンタみたいな人、知り合いにいないんだけど」

ネスは警戒するように言う。彼もマルスの現在の状況を目の当たりにして、緊張しているようだ。少女は一瞬きょとんとすると、その可愛げのある顔に似つかわしくない邪悪な笑みを貼り付けた。

「ひどいじゃない。ついこの前会ったばかりなのに」

彼女が喋る間にその黒髪は色が抜け落ち、下から金の長髪が姿を現す。瞳の色も冷たい銀に、健康的な肌は雪のような白へと変化してゆき――ネスはその風貌を認めて悲鳴を上げた。

「そんな…まさか…クレイジー…!?」

「クレイジー!?」

ロイが驚愕の色濃い表情でその名を叫ぶ。同時にクレイジーに向き直って彼女を睨み付けると、腰に差した封印の剣を抜き放った。ネスも同様にバットを構える。
クレイジーはさしたる反応もなく、マルスを掴んだままその様子を見つめていた。

「貴様がクレイジーか…!何しに来た?!」

ロイが吠える。マルスを取られた焦りからか、剣を握るその手は小刻みに震えていた。クレイジーはロイのそんな様子を見つけてはんなりと笑む。

「さしあたってアタシの目的はこの世界の破壊だけど…」

クレイジーはマルスを高々と掲げて見せた。

「今日はこの王子サマに特別お礼をしに来たの」

不気味に口角を吊り上げて笑む彼女を、ロイとネスは背に嫌な汗が流れるのを感じながら見つめた。
下手に刺激すればクレイジーはマルスを殺してしまう。だが、マルス自身も気を失っているのか抵抗する気力はないようだ。このまま放っておく訳にはいかない。

「なんで王子なのさ。わざわざそんな雑魚相手に神様のアンタが出るなんておかしい」

すかさずネスが疑問を呈する。少しでもクレイジーの気をマルスからそらそうというのだ。しかしそれすらもクレイジーは見透かしているのか、にやりと笑ってみせた。

「アタシ、お喋りは好きじゃないのよ」

ぐったりとしたマルスの額に自らのもう一方の手を当て、何やら呪文の詠唱を始める。ロイは剣を構えてクレイジーに斬りかかるが、とてもこの距離では間に合いそうにない。クレイジーは狂ったような喜悦の表情を浮かべると、厳かに言い放った。

「内側から、壊れちゃいなさい」

狭くはない廊下に白い閃光が炸裂する。それは食堂から遅れてネスの後を追って来た他のメンバーの目にも白亜の世界を焼き付けた。



「マルス?マルス!!」

「馬鹿!ナルシスト王子!返事しろ!」

しばらく視界の奪われたロイとネスは、その場に蹲り視力の回復を待っていた。いつクレイジーが襲ってくるとも分からない状況だったが、その気配はなく、そもそも二人にはどうすることも出来なかった。
ただ懸命に王子の名を叫ぶだけだ。

「ロイ!ネス!」

二人の耳に聞き覚えのある低い声が届く。リンクだ。その声は焦燥の色ばかり濃く、ロイとネスの不安を更に煽った。少し遅れて複数の足音が廊下に響く。リンクに続いて現れたのは、フォックス、ファルコン、サムス、ゼルダ、ピカチュウ。

「何だアイツ…?」

「彼女がクレイジーです…生半可な攻撃じゃ死んでくれませんよ」

「あまり突っ込み過ぎは厳禁ね」

「分かってらぁ。マルスは大丈夫なのか」

「分かりませんわ…息はあるようですけど」

『マルスがあんなに弱ってるの、初めて見るよ』

短く情報交換が行われる。ロイはマルスが生きていると聞き、少なからず安堵したが、辺りを満たす緊迫した空気はますます重くなる一方だった。

「さァ、次は誰かしら」

その空気の中でなお飄々とした声で続けるのはクレイジーだ。一層青白い顔となったマルスを頓着無さげに床に落とすと、口の端を吊り上げて一歩、また一歩とリンクたちに近付いてくる。彼らは一様に武器を取り出して低く構えた――が。

「あ」

先頭に立つリンクがクレイジーの背後に何かを見つけて眼を見開いた。
構えた剣をだらりと垂らし、クレイジーなど視界に入らないかのように。

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