表裏一体
*14
「お兄さんよ、俺たちこの嬢ちゃんに用があるんだ。余計な口出ししないでもらおうか」
不良のうちの一人が振り返りざまに言う。が、無表情に立つマルスがやたら怖いので、若干気押されたように「な…何か文句あるのかよ!」と怒鳴った。あまりに整い過ぎた彼の顔立ちは時として恐怖を煽る。ちなみにその時隣に立っていたロイも、マルスの真顔は怖いと思っていた。
「別に君達が何をしようと僕には関係ない」
しかし真顔なマルスはそう言って、唐突に普段の余裕めいた笑みを浮かべた。薄暗い路地裏でその笑みは影を帯び、蒼い瞳は氷よりも冷たく輝く。
「が、目の前で可憐な女性が助けを求めているのを黙って見過ごす訳にはいかないんだ」
僕はフェミニストだからね、とかなんとか言いながらマルスは泣き顔の少女ににっこりと笑む。笑われた方の少女は眉目秀麗な王子の笑顔に軽く頬を赤らめた。
「さぁ、行くぞロイ」
ロイの応答も待たずにマルスは地面を蹴る。軽々と跳躍してみせて一気に不良との間合いを詰めると、そのままの勢いで顔面に飛び膝蹴りを見舞う。呆れたようにマルスを眺めていたロイだが、彼も肩にバッグをしょいなおすと唖然としてマルスの動きを見つめている残りの不良を豪快な回し蹴りで沈めた。
ここまでされて反撃しようと思う根性のある奴がいるだろうか、いやいない。
哀れな不良二人組は、月並みな捨て台詞を吐いて泣きながら去っていったのだった。
「あ…ありがとうございました!」
少女は長い黒髪を揺らして勢い良く頭を下げた。あまりに勢いが良すぎるので、首が落ちやしないかと思われるほどだったが。
マルスは先と同様人の良さそうな笑みを浮かべて彼女の手を取った。
「…君ほどの女性を放っておくほど、世の男共の目は節穴ではないのだよ…なるべく人通りのある道を選んで帰るといい」
歯の浮くようなセリフを臆面もなく言ってのけるマルスだが、少女の方はすっかり顔を赤らめてしまってロイの冷めた視線には気付かなかった。
「あの…お世話になりっぱなしで申し訳ないのですが…」
少女はおずおずと口を開く。マルスとロイが首を傾げると、うつむきながら言った。
「私、マスターハンドさんのところに行きたいんです。でも途中で迷っちゃって…道を教えてもらえませんか」
「マスターに…?」
ロイが驚いたように呟く。マルスも意外そうな顔で少女を見つめていたが、星が見えそうなくらい爽やかな笑みを見せると彼女の手を取った。
「そんなことならお安い御用さ。僕らが彼の元まで案内するよ」
「遅い」
帰宅したマルスとロイを見たリンクが、開口一番に言った言葉は、訪問者に対する歓迎でもお使いを果たした二人に対する労いでもなく、遅れた夕食の準備に対する不満だった。
「君、目の前にこんな可憐な女性がいるのに何のリアクションもないのはいかがなものかと思うよ」
「…あぁ、いらっしゃい。さてマルス、ロイ。早く買ってきた卵と砂糖とケチャップを出して下さい」
「…君という奴は…」
マルスが呆れたように呟くのもスルーして、リンクはロイが差し出したエコバッグを受け取るとキッチンに戻っていった。少女は、不安げにマルスを見上げる。
「あの…私、邪魔だったでしょうか」
「そんなことないよ。リンクはいつもあぁなのさ」
そんな彼女の不安を拭い去るような朗らかな笑みを向けて、マルスは答えた。それから食堂の壁掛け時計をちらりと確認すると、彼女に尋ねる。
「夕食まではまだ時間があるな…今からマスターに会いに行っても大丈夫かい?」
「え…えぇ、案内して頂けると有難いのですが…」
「勿論そのつもりさ」
付いておいで、と言って食堂の扉を開け放つマルス。それに慌てた様子で従う少女の背を、ロイはぼんやりと眺めていた。
「ついに人畜有害な畜生になり下がったの?あの人」
「うわぁ!!びっくりした…ネスか」
唐突にひょっこりと顔を出したネスが、ロイの横に立って毒付く。先程まで外で遊んでいたのだろうか、肩には野球のグローブがひっかけられたバットを担いでおり、微笑ましいことこの上ないのだが如何せん発言がダーク過ぎる。思わずロイが悲鳴を上げてしまうほどだった。
「ちょっと失礼じゃないの、その反応」
「わ、悪い悪い…でもお前、気配消して俺の横に来たよな。俺じゃなくても驚くよ」
「あ、そう?ごめん、ついうっかり。ただ一言言わせてもらえば剣士たるもの、子供一人の気配ぐらい読めなきゃ駄目だよ」
ついうっかりで気配を消したり、さりげなくロイにも毒を吐いたりと絶好調なネス。それもそのはず、つい先日風邪が治ったばかりの彼は、寝込んでいた間に溜ったエネルギーを持て余しているのだ。ロイもそのことを敏感に悟り、ネスにそれ以上盾付くのを止めた。
そんなことが出来るのは、マルスか子供リンクしかいない。
ロイがうっすらと脳内でスマブラ屋敷ビオトープを描いているのはさておき、ネスが怪訝そうな表情で廊下を見つめる。
「王子の頭がおかしいのは前々から分かっているとして…あの女の人は何?」
「ああ…マスターに会いたいってさ。たまたま迷ってるところに通りすがったから、一緒にここまで来たんだ」
「ふぅん…」
何処か釈然としない様子でネスは一言答えた。視線は未だマルスと少女が消えた廊下の角に当てられている。
それきり二人の間には沈黙が降りた。食堂に集まり始めたメンバーの喋り声や、リンクが食材を炒める音が雑然と辺りを支配する。
ついに沈黙に耐えかねたロイが口を開きかけたその時、一際大きな爆音が無秩序な音の世界をつんざいた。
「!!!」
微かに屋敷が揺れ、種々の雑音は影を潜めた。しかしそれも一瞬のことで音の正体を探して、食堂にいるメンバーはざわざわと辺りを見渡した。
そんな中、食堂の入口に立っていたロイとネスだけは呆然と音が聞こえてきた方向を見つめて黙りこくる。
ロイは嫌な汗と共に、自らの体に震えが走るのを実感していた。
「嘘だろ…」
懇願するように呟くロイの思いとは裏腹に、二人の見つめる先――先程マルスが姿を消した廊下の角――からは、魔導独特の緑色の炎がちらちらとその明かりを覗かせるのであった。
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