表裏一体

*12

リンクの自室から出て行こうとするガノンドロフを見つけ、ネスはさっと廊下の陰に身を隠した。しかしガノンドロフはネスには気付かず、部屋の主を振り返る。

「まだ何かあるのか」

「…どうか今回の件は他言無用に願います。…特に、マルスには」

部屋の主――リンクは消え入るような声で答えた。扉の陰に隠れてその表情は窺えないが、マルスの名を口にする時その肩は微かに震えた。
一方ガノンドロフは馬鹿らしいとでも言うように、フンと鼻を鳴らした。

「非力な貴様と一緒にするな。たかだか王子のような小僧に口を割る魔王が何処にいる」

「その言葉、忘れないでくださいよ」

「ほざけ」

くるりと向きを変えて、ガノンドロフがネスのいる廊下とは反対方向へと歩き出す。その姿をしばらく見つめていたリンクだったが、何かを躊躇うような仕草を見せた後にガノンドロフを呼び止めた。

「…待って…!」

「――まだ何かあるのか」

先程と同じ問いを返すガノンドロフ。リンクはその語気に若干言葉を詰まらせたが、頼りなさげな表情を浮かべると小さく呟いた。

「…ごめん――なさい」

珍しく萎れた様子で、あろうことか宿敵に謝罪の述べる勇者。魔王はしばらく勇者を見下ろしていたが、やがて彼に背を向けた。

「…一つ貸しだ」

背を向けたまま呟くと、答えを待たずにつかつかと廊下を進み、角を曲がってその巨体は見えなくなった。リンクはかなり長い間、その場に立ち尽くしていた。

「僕らに隠れて何してるかと思えば…」

唐突に後ろから声をかけられ、リンクはびくりとして振り返る。見れば、腰に手を当て呆れたようにこちらを見返すネスがいた。内心リンクは早鐘のように鳴る鼓動を抑え、無表情に答えた。

「何の、ことですかね」

「とぼけたって無駄だよ」

鋭くネスの言葉が飛ぶ。その勢いにリンクが何も言えずに黙っていると、幾分表情を和らげてネスが続けた。

「…そんなつもりは無かったんだけど…リンクの心が読めてしまって…ごめんね、リンク」

申し訳なさそうにネスが謝るのを、碧の瞳を見開いてリンクが見つめる。

「――忘れてた…ネスは人の心が読めるんでしたね」

「そういう訳。…怒ってる?」

「いえ」

苦笑する風に答えるリンクを見て、何処か安堵した様子でネスはため息を吐いた。しかしリンクは不安そうにネスを見下ろす。やや間を空けて小さく尋ねた。

「誰かにその話は…」

「誰にも言ってないよ。勿論王子にもね」

「…ありがとうございます」

「僕は空気が読める子供だから」

得意気なセリフにリンクは微笑を浮かべる。この際ネスが故意に空気を読まない事例を挙げるのは止めておこう。

「でも、気をつけなよ。王子を普通の人間と一緒に考えちゃいけない。…もう君のことを疑っていたよ」

ネスが思い出したというように言う。リンクもその言葉に神妙に頷いた。

「それは重々承知しています…一緒に過ごして3週間も経ちませんが、あの人はまだ本気の半分の力も見せてはいない」

「そうなんだよねー…認めるのは悔しいけど。普段ちゃらんぽらんなくせして、肝心の爪は綺麗に隠してる」

「…だから」

抑えた調子でリンクが続ける。ネスは首を傾げて金髪の青年を見上げた。その碧い双眸を細め、夢見るような口調でリンクは言うのだった。

「まだ…あの人には、爪を隠していてもらいたいのです。いつか必ず、あの人の力を必要とするときが来る。その時が来るまでは…こんな程度の前座は、私で十分なのです」

「…それは、あの王子を少し買い被り過ぎなんじゃないかなぁ」

「ふふふ、そうかもしれません。でも、それでも構いません」

「分かんないなぁ」

呆れた風にネスは肩をすくめた。それを苦笑をもって眺めるリンクだが、ふと真剣な表情に戻って視線を落とした。しばらく床を見つめていたものの、やがて「それじゃあ私はこれで」と、自分から話を切り上げると早々と自室に足を踏み入れた。ネスはその焦燥感溢れる背中を眺めながらも、勇者を止めることはせず、閉まる扉をただ黙って見送った。

そしてただ一人、廊下に残された形となっても尚、少年はそこに佇んでいた。

「嘘を吐くのが下手なんだったら、最初からこんなことしなければいいのに」

ぽつりと呟く少年は、全てを見透かすその黒い瞳で雲の出始めたうすあかい空を見上げた。



許さない許さない許さない許さない――!

口の中で何度も同じ言葉を繰り返しながら、クレイジーは何もない空間を苛立たしげに歩き回った。傷は既に癒えている。しかし傷付けられたプライドまでは、そう簡単に直ることはないらしい。

途中までは順調だった。

雨を降らせ、マスターの手駒を弱らせてから、一気にあの屋敷を叩く。
それだけの計画で、あの子供二人を襲ったのに。次から次へと別の駒が出てきてアタシの邪魔をする!

それに、アイツらはアタシの知らない力を持ってる。相手がマスターだけなら、アタシは迷うことなく屋敷を壊しに行ける。今のアタシにそれが出来ないのは、まさにその手駒が未知の可能性を秘めているかもしれないことを恐れるが故だ――嗚呼――なんと忌々しい!

特に、アタシの邪魔をした蒼髪の別嬪男。アイツの余裕めいた顔を思い出すだけで腹が立って仕方ない。マスターを倒す前に、あの男には出来るだけ苦しんで壊れてもらわなきゃね…。

まぁ、全ての障害がなくあまりに簡単に世界を破壊出来たんじゃアタシとしても張り合いないわ。もっと、ずっと、アタシを楽しませて、醜く壊れていけばいいわ!!

一つ不気味な笑みを落とし、クレイジーはぐにゃりとその姿を歪ませた。頼り無さげに揺らめく影は、空間の狭間に溶け込むように消えていった。

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