表裏一体

*11

「すまなかった!今回の件は完全に私の落ち度だ」

皆が広間に集まったのを確認するや否や、マスターは唐突に頭を下げた。訳も分からずお互いに顔を見合わせるスマブラメンバーだが、マルスは「どういうことだい」と聞き返した。

「昨日、屋敷の中にクレイジーの侵入を許してしまっただろ?だから私は屋敷内の結界の強化に専念してたんだ。…結果、屋敷のすぐ側に異次元への入口をクレイジーに作らせた訳だが…」

「屋敷内って…そんな大した広さじゃないだろ?マスターってそんなに弱」

「弱くない!」

ロイの呟きに全力で否定を述べるマスター。不思議そうにロイがマスターを見返すと、幾分ばつが悪そうな様子でマスターは続けた。

「知っての通り、この屋敷は大乱闘のための特殊空間にも繋がっている。斬られても死なない、撃たれても平気、ただダメージが蓄積されて吹っ飛びやすくなるというだけの空間。それを仮想空間と呼んだり、亜空間と呼んだりする訳だが、君たちは日々異次元とこの世界を行き来しながら生活している」

「そうだったんだぁ」

感心したようにポポが頷く。その場にいた半数以上のメンバーも同じ反応を示した。
知らずに過ごしてたんかい!というツッコミはあえて呑み込み、マスターは言った。

「私も神だが、いくら何でも限界がある。…まぁ早い話が仮想空間を作り過ぎちゃったってことだが…全てをクレイジーの侵入から守るには相当のエネルギーが必要なんだ」

へぇ、とか、ふぅん、とか薄い反応しか返って来ないのでマスターは軽く凹む。しかしそれまで黙っていたゼルダが唐突に口を開いた。

「マスターの方からクレイジーに干渉することは出来ないんですか」

「おお、戦の女神が先手を打つ気だ」

「お黙りなさいな、ガノンドロフ。それで、どうなんです?」

視線だけで魔王を戦闘不能に追い込んだ姫は、さらにマスターを問い詰める。マスターは若干ビクビクしながらも答えた。

「クレイジーは私のように決まった世界に長時間いることがない。先手を打とうにも、何処にいるかも分からない奴を捕捉出来ないんじゃ話にならないだろう」

「受け身でしか行動出来ないのか…」

「もどかしいな」

フォックスとファルコが呟く。普段は勝気なメンバーも、この時ばかりは静かだった。
しかし、ふと俯いていたリンクが顔を上げる。ネスが弾かれたようにその動きを追ったが、彼の不可解な挙動に気が付いた者はいなかった。反対にマルスが緩慢な動作でリンクを見やる。

「どうした、リンク」

リンクは答えない。ただ心ここに在らずといったように窓の外を眺めている。やがて思い出したようにマスターを見つめると「話はそれだけですか」と聞いた。

「あ…あぁ。特に話はないが…」

「なら、ガノンドロフ。用があります…こちらへ」

無表情にリンクがガノンドロフの腕を引っ張る。恐らく方向的に自室に向かうのだろう。一方のガノンドロフは、宿敵の予想外の動きにさしたる抵抗も挟まず連行されていった。
残されたマリオが不思議そうに遠ざかる二人の背を見つめる。

「何だあの二人。まさかのリンガノフラグか?」

「おいィィオッサン!妙なことを口走るなァァァ!!」

マリオの呟きをロイの絶叫が掻き消す。カービィが「りんがのって何ー?」と言う声が聞こえたが、ピーチが苦笑しながら「知らなくていいことよ」と言った。

「……?」

マルスはその中で一人、リンクの行動に怪訝そうな表情を浮かべる。ゼルダも眉間に皺が寄っているが、彼女の心配は別方向から来るものだ。マルスのそれとは異なっていた。
隣で呆然と立ち尽くすマスターと、唖然とした様子で閉められた扉を見つめるネスを交互に眺め、自身も視線を扉に移しながらマルスは聞いた。

「実に不自然な行動だが…君たちはリンクの行動に何を感じた?」

「いや…珍しいこともあるものだな…と」

マスターもマルス同様の違和感を感じていたようで、訳が分からないと言うように答えた。一方ネスは黙ったままその質問には答えなかった。

「何か知っている風な様子だな、ネス君」

「…何も。ただリンクの元気がないと思っただけだ」

「…やはり君はまだ風邪が治っていないんじゃないか。そんな子供らしい観点からものを言うなんて」

「あのねぇ、僕を鬼畜生か何かと混同しないでくれる?普段は誰かさんのせいで冷徹なツッコミでいなきゃならないけど、本来の僕は純真ピュアハートが売りな癒し系なの」

「ははは、寝言も休み休み言いたまえ。純真ピュアハート?笑わせてくれる。腹の底まで黒い君がよくもそんな言葉を臆面もなく口に出来たものだ」

「万年脳髄が沸騰中で、思考回路がぶっ飛んでるアンタにだけは言われたくないね。もはや脳みそも腹の中も色なんて識別出来ないぐらいに煮えちゃってるでしょ」

「…ふはははは」

「あはははは」

乾いた二重の笑い声が辺りに響く。間に挟まれる形となったマスターはおろおろと二人を見守った。
ひとしきり笑って、ネスが真剣な表情でマルスを見据える。長身細身の王子を見上げ、しかし声は威圧感たっぷりに言う。

「たとえ知ってたとしても言わないよ。リンクがそれを望まない」

虚を突かれたような顔でマルスはネスを見下ろす。別段ネスはそんな王子に勝ち誇ったような素振りを見せるでもなく、ぶっきらぼうに続けた。

「自分で聞けばいいじゃないか」

最後の言葉を吐き捨てるように言うと、ネスはマルスに背を向け歩き出した。マルスは無表情にその姿を見送った。

「そんな気恥ずかしいこと…王族の僕に出来る訳ないだろ」

やや喧騒を取り戻しつつあった屋敷の中、蒼の王子の呟きが誰かの耳に入ることはなかった。

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