表裏一体
*10
声の主は、ピカチュウだった。
『ひゃはははッ!なぁーんだ、案外アンタらもバカじゃないんだ』
ピカチュウが高らかに叫ぶ。マルスは不敵に口の端を軽く吊り上げた。
「君は人を見る目がないようだな。この僕が馬鹿そうに見えるのかい?」
『ボクからしてみれば、人間なんてどれも同じさァ!!』
ピカチュウがケタケタと木の上で笑う。リンクは手の打ちようがないと判断し、弓を下ろした。その隣で、マルスが苛立たしげに舌打ちするのが聞こえる。
「あんなに高いところにいたんじゃ、近距離向きの僕じゃ手が出せない…どうす――」
言いながらマルスがリンクを振り返ると、大量の爆弾を取り出す最中のリンクと目が合った。思わずマルスは口を閉じたが、リンクは冷静そのものだった。
「え…君…」
マルスが恐る恐るリンクに声をかけると、リンクは類稀に見る爽やかな笑顔で答えた。
「爆弾って…美しいと思いませんか?」
笑いながらマッチを取り出す勇者。マルスは隠すでもなく後退る。さすがのピカチュウもこれは予想外だったようで、うろたえたように叫んだ。
『ね、ねぇ!ボクが本当に全部偽者だとか思ってる?!実は肉体は本物のピカチュウだけど、誰かがコイツを操ってるだけだとしたら…』
「……何」
一瞬、リンクの動きが止まる。その隙をピカチュウが見逃す訳もなく、瞬時に最大までチャージされた電撃が二人を襲った。
「…!!」
激しい落雷の音が響き、辺りは一面舞い上がった粉塵に包まれる。もうもうと立ち込める砂塵の中、勝利を確信して目を凝らしていたピカチュウは、しかし愕然として声を上げた。
『…馬鹿な!』
視線の先にいたのは、電撃を吸い込んだ小さな体のピンク球と、リフレクターを構えた獣人の姿。
「カービィ!フォックス!」
リンクが二人の名を呼ぶ。マルスですら驚愕の色濃い表情で二人(?)を見つめた。
「何故ここが」
「ガノちゃんの魔法で林の中の魔力を辿ってね、それからフォックスのお鼻で二人の匂いを辿ってきたの」
マルスの鋭い問いに、緊張感のないカービィの声が答える。しかしその間にも、ピカチュウは着々と第二撃の準備をしていた。すぐさま木の上から叫び声が聞こえた。
『何人集まろうと同じことだ!』
再び電撃が来るか、と身構えた四人の元に、ピカチュウの攻撃が届くことはなかった。電流が放出される刹那、ピカチュウを背後から紫の閃光弾が包んだのだ。
『ぎゃああああッ!!』
この世のものとは思われない絶叫を上げてピカチュウが落下してくる。何事か、とフォックスとリンクが銘々の飛び道具を構えるが、落下してきたピカチュウはぴくりと痙攣したのち動かなくなった。
しかし緊迫した空気の中、何処までも呑気なカービィの声が沈黙を破る。
「あ、ガノちゃん」
「…その呼び方はやめろ」
マントを悠々と風になびかせながら、無頓着に草木を踏み分け姿を現したのはガノンドロフだった。その腕からは魔力の名残か、微かにパリパリと電流が放出されていた。
「実に精巧な偽者だな。気配もまるで電気鼠と同じだ」
ガノンドロフが横たわるピカチュウの偽者を足で転がしながら言う。それから今気付いたと言うように、唖然とするリンクとマルスを見やると短く唸った。
「いつまで呆けている。帰るぞ」
「い…言われなくても分かってますよ!」
反発するように声を荒げるリンクをよそに、マルスは蒼の瞳を細めたままでガノンドロフを見上げた。その顔に安堵の色はない。
「僕らが走った距離とカービィのさっきの言葉から察するに、ここは異次元空間なんじゃないのかい?」
「どうやらそのようだ」
「…どうやって帰るつもりだい」
マルスの囁くような問いに、皆一様に黙り込んだ。
「…気合いで」
「えぇぇ?!当てもなく異次元に突入したのかガノンドロフ!」
「ガノちゃんおッ茶目〜」
「はぁぁ…これだからこの人は計画性がなくて困るんですよ」
「な…貴様ら助けてやったのにその言い草はなんだ!」
「ミイラ取りがミイラになったな」
ガノンドロフが短く答えるとすぐさまフォックスが悲痛な叫び声を上げた。相変わらず呑気なカービィは無視してリンクがため息を漏らすと、ガノンドロフがそれに喰ってかかる。そんな様子を眺めながら、マルスはやれやれと肩をすくめた。
しかしそんな彼らも、突如として現れた光の渦に口論を止めた。新たな敵かと身構えるが、その光の中から聞こえたのは、聞きなれた仲間の声。
「お前ら!皆無事か?!」
「マスター!」
カービィの叫びと同時に銀髪の男が光の渦から身を乗り出した。だが、普段の余裕めいた表情は微塵もなく、傍目にも焦燥の色がありありと窺えた。
「早くこの光の中へ!この空間はあと数分もしないうちに崩れ落ちる!」
「はぁ!?それってどういう…」
「詳しい話は後だ、とにかくこっちに!」
マスターに急かされて、五人は慌てて光の中に身を投じた。最後にガノンドロフのマントが光の中へ消えるのを確認したあと、マスターは肩越しに消えゆく世界を見つめる。
その金の瞳は、何を映し、何を思うのか。
しばし佇んでいたマスターは、やがて踵を返すと自らも光の中へと進んで行った。
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