表裏一体

*9

まだ日も昇り切らぬ早朝、屋敷の裏の林の側から激しく金属を打ち合う音が響く。その正体は二本の剣。剣の主は、緑衣に金髪の端正な顔立ちの勇者・リンクと、自慢の蒼髪に良く映えた白い肌を持ち合わせた眉目秀麗な王子・マルスである。

「すぐに後退する癖を直したまえ…動きの速い相手に逃げは通用しない」

「――はい」

リンクの返事と共に、再び二人の剣は盛大な音を立てて噛み合った。そのあまりの大きさに、思わずロイは身をすくませる。

「お前ら何処からそんな力が出るんだよ。マルスなんてあんなに細いのに」

「ロイだってすごい力じゃないですか」

「ふふふ…ロイ、僕を普通の人間の尺度で測られては困る…何故なら僕はスターロー『大変大変ーッ!!』

マルスの言葉を遮って、黄色い物体が林から飛び出してきた。よくよく話を中断される人だ、とマルスに軽い同情を覚えながら、リンクはその飛び出してきた生き物を抱き止めた。

「ピカチュウ」

名を呼ばれたその生き物は、丸い瞳に今にも溢れ落ちそうな涙を溜めてリンクを見上げた。

「可愛い…じゃなくて、どうしました?」

思わず本音を漏らした勇者だが、忘れずに用件を尋ねる。ピカチュウはしばらくパクパクと言葉を探して口を開け閉めしていたが、最適な言葉を見つけたらしく、叫んだ。

『ピチューを、探して!』

「ピチュー?どうした、かくれんぼか?」

ロイがピカチュウを覗き込む。しかしピカチュウは激しく首を横に振った。

『違うよ、クレイジーに、さらわれたの!』

思わぬピカチュウの叫びに、三剣士の眼付きが変わった。しばし言葉を失った三人だが、まず最初にマルスが口を開いた。

「屋敷に戻ろう。皆に知らせなければ」

『そんな時間ないよ!』

しかしマルスの提案はピカチュウに拒否される。マルスは驚いたようにピカチュウを見返した。

『ボク、クレイジーを追ってる最中なんだ。今から追えば間に合うかもしれない』

「何…?」

再度マルスが驚いたように呟く。数秒何事かを考えているようだったが、ファルシオンを鞘に収めるとリンクとロイに向かって言った。

「ロイ、悪いが君は屋敷に戻って今の状況を皆に伝えてきてくれ。リンク、君は僕とピカチュウと一緒にクレイジーを追おう」

「マルス…!」

「ロイ、なるべく早く援軍を頼むよ」

「…分かった」

苦々しげにロイが頷く。マルスにしてもそれは同じで、クレイジー相手に人員を裂くのは痛手と考えているように見えた。
しかし長らく立ち止まる訳にもゆかない。ロイは屋敷に向かって、リンクとマルスはピカチュウの指す方向に向かって走り出したのだった。



『こっち!』

木の上を飛ぶようにしてピカチュウが駆ける。一方地上を走るリンクとマルスは、林の中の道なき道に悪戦苦闘しながらそれに従った。
時々リンクが「どうですか」と問うと、ピカチュウは決まって『あと少し』と答えた。しかしリンクにもマルスにも目的の者が見えることはなく、疲労と焦りのみが蓄積していく。

「…変だな」

マルスがふと呟いた。リンクは振り返らず、ピカチュウに聞こえない程度の音量で聞き返す。

「何がです」

マルスは答えなかった。が、しばらくして再び口を開いた。

「屋敷の裏の林は、こんなに広かったか?」

「…いえ」

二人は目を見合わせると、同時に足を止めた。それに気付いたピカチュウが遥か先から声を上げる。

『何で止まるの?早くしないとクレイジーを見失っちゃうよ』

しかし二人は動こうとしない。やっと動いたかと思えば、二人は同時に剣を抜き放った。
思わずピカチュウはぎょっとする。かすれた声で、二人に問うた。

『な…何する気なの…?』

マルスもリンクも、いつでも攻撃出来るよう剣を構えている。張り詰めた空気の中、答えはなかった。



一方屋敷に戻ったロイは、朝食の準備に奔走する食堂に駆け込んだ。そして、大声で叫ぶ。

「大変だ!クレイジーがまた現れた!!」

「何?!」

「またか!」

「飯ぐらい食わせろ!」

幾分ずれた反応が食堂のあちこちから上がる。リンクの代わりに朝食を作っていたマリオが、エプロンを外しながらキッチンから顔を出した。

「厄介な時に来やがったな…ネスも子リンも…ピチューまでもが風邪引いて倒れてるってのに…なぁ」

『ちぅー…』

申し訳なさそうに鳴いて、マリオの肩から顔を出したのは、マスクを付けたピチューだった。思わずロイは固まる。何とか頭を整理して、マリオに尋ねた。

「何で…ピチューがいるんだ?ピカチュウの話じゃピチューがさらわれたって…」

「はぁ?なんだそりゃ」

『ボクが何だって?』

そう言ってロイのマントを引っ張ったのは、黄色い身体に特徴あるギザギザの尻尾を持つアイツ――ピカチュウだった。これにはロイも驚いて、間髪を入れずに叫ぶ。

「お前…!リンクとマルスと一緒に屋敷の裏の林に行ったんじゃねぇのか?!」

『ボクは何処にも行ってないよ。何言ってんの、ロイ?』

「だって…確かにあの時…まさか…そんな…アイツは、偽者…?!」

一つの了解に達したロイは、瞬時に次の行動を定めた。再び声を張り上げ、食堂にいる者皆に聞こえるように叫ぶ。

「皆!手分けしてマルスとリンクを探してくれ!ピカチュウの偽者と一緒にいるはずだ!!」

そう言うとすぐさま身を翻し、食堂から駆け出してマルスとリンクの後を追った。



「やぁッ」

マルスが流れるような動作で木の枝を薙ぐ。正確には、その上にいたピカチュウを狙ったのだが、なにぶんピカチュウも動きが素早い。リンクと二人がかりで奮闘するも、いまだピカチュウを捕らえることは出来ないでいた。

『ちょっと…二人とも!ボクだよ、ピカチュウだよ?!何で攻撃するの!?』

ピカチュウが木の上から叫ぶ。しかしマルスは蒼の瞳に氷のような冷たい光を宿してピカチュウを睨みつけた。

「もう茶番はよしたまえ。僕らは既に罠にはめられたことに気づいている」

「貴方は何者ですか。クレイジーの手下ですか?」

同様に鋭い視線でピカチュウを見つめるリンクが、引き絞った弓から勢いよく矢を放った。それがピカチュウに当たることは無かったが、突如辺りに狂ったような笑い声が響いた。身の毛もよだつようなその声に、リンクもマルスも武器を握る手に力を込めた。

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