表裏一体

*7

「本当に…そうかな」

唐突に反論を呈したのは、しゃがれた声で懸命に喋ろうとするネスだった。リンクは不思議そうにネスを見やった。

「それは、どういう意味で…」

「神と人とでは、確かに埋められない差があると思うよ。でもそれは、一対一だったときの話だ」

皆は再び黙った。マルスだけは、楽しそうにネスの顔を見つめている。

「もし、クレイジーが僕らのことなど歯牙にもかけていないのだったら、クレイジーは僕らを襲ったり雨を降らせたりする必要がない。ただマスターとサシで戦って、この世界を根本から破壊すればいい」

ネスが何を言おうとしているのか先の読めないリンクとクッパは未だ黙っている。ネスの方も勿体ぶる気はないらしく、こう続けた。

「クレイジーは、僕らという存在を怖れているんじゃないだろうか」

「まさか…」

リンクが小さく声を漏らす。馬鹿な、とでも言いたげな調子だったが、彼がネスの話に反駁することはなかった。

「怖れている、というのは言い過ぎかもしれない。でも、クレイジーが僕らのことを無視出来ないと思っているのは確かだ…今日の襲撃で確信したよ」

些か子供らしくない結論を述べるネス。勇者も亀魔王も、その意見には反論の余地がなかった。ただ一人、王子だけは意味深な微笑を湛えて声を上げる。ネスは警戒してマルスを見上げた。

「ネス君、君に一つ問おう。君は今のその状況を、好機と見るか危機と見るか」

てっきり口での応酬がくるかと身構えていたネスは、不可解そうにマルスを見返した。しかしマルスはただ「どう思う?」と繰り返しただけだった。

「圧倒的な力の差があることは否めない…だから、買い被られるのもあんまりいい状況ではないかも」

「ほう…それもまた真実」

マルスは深く頷いて答えた。そして独り言のように続ける。

「そしてリンクの言葉もまた真実」

今度はリンクが不可解そうにマルスを見た。マルスはふわりと笑って見せると、腕を組んでこう言った。

「望みは薄い。それこそゼロに限りなく近いのだが、ネス君の言う通り、クレイジーはその限りなくゼロに近い数値を恐れ、またそんな自分に憤りを感じている」

「憤り…?」

「そう。もしかすると僕達の存在が何らかの妨げになるかもしれないと不安を抱きながら――神たる彼女は完璧であることを絶対としているはずだ。自分が不安を抱くことが許せないんじゃないだろうか?」

マルスの言葉に子供リンクとネスは、はっとした。そして思い出す。クレイジーが狂ったように叫んだあの一言を。

『アタシが神だからよ!』

あの時はテンションが上がってそう叫んだのだと思っていた。だがもし、クレイジー自身が心に惑いを生じていたのなら。

しかし、とマルスは調子を崩さず淡々と続けた。

「残念なことに――この状況が理解されたところで何の解決にもなりはしない。クレイジーとの力の差は歴然だし、僕達人間には限界がある。……だが忘れてはならないよ。僕達にも、神が味方についていることを」

眉目秀麗なその顔に、見る者全てを安堵させるような晴れやかな笑みを浮かべて、王子は言葉を終えた。それから優雅にマントを翻すと、呆然とした様子のリンクに声をかけて部屋から出ていくよう促した。
自らもリンクに付いて部屋を後にする間際、ふと振り返ったマルスはクッパに向かって笑った。

「邪魔したね。引き続きお子様のお守りをよろしく頼むよ」

「な…貴様はこれから何を…」

「僕はリンクとマスターのところへ行く。何があったか説明しなきゃならないだろう?」

「…そうか」

「じゃあ」

なるほど正論ではあるが、マルスの有無を言わさぬ口調と何処か急ぐ風な様子にクッパは違和感を覚えた。だがそれを口に出すようなことはせず、子供リンクとネスを抱え上げると再びベッドに押し戻した。

「さぁ、餓鬼はおとなしく風邪を治せ。特にお前はさっきの戦いで怪我までしたんだからな…そうだ、お粥がこぼれたんだった。また作ってくるから今度こそおとなしくしてろよ!」

落ちたお粥の皿を拾い上げたクッパの、再びどしどしとキッチンに向かう足音が遠ざかるのを聞き、ネスはふぅとため息を吐いた。

「大丈夫?」

子供リンクが間髪を入れずに問う。

「その言葉、そのまま君にバットで打ち返すよ」

ネスは苦笑しながら、ふかふかのベッドに倒れ込んだ。

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