表裏一体

*6

「もぅ…ッ何なのよ!」

クレイジーが叫ぶ。何が起きたかと言えば、突如飛んできた弓矢によって弾かれたお粥の器が、クレイジーに直撃したのだ。お粥そのものを頭から被り、また熱せられた器で火傷しそうなクレイジーを、クッパとネスと子供リンクは呆然と眺めた。
しかし何度も同じ展開になるので慣れてきた子供リンクとネスは、すぐさま冷静に開かれた扉を見る。一方まだこの展開に慣れていないクッパは「何だ?!」と大声を上げた。

三人が見やったその先には、弓矢をつがえる大人のリンクと、抜き身のファルシオンを構えたマルスがいた。

「君、なかなか嫌な性格をしているな。本体ではなくお粥を狙って弓矢を放つとは」

自慢の蒼髪をかき上げながらマルスが言う。リンクは表情を変えずに答えた。

「あるものは全て利用するのが私の信条ですから」

「貧乏性だな」

一言そう結論付けると、マルスは神剣を水平に構えて走り出した。まるで風のようなその軽やかで素早い動きに、クレイジーは勿論仲間である子供リンクとネスも息を飲んだ。

「ちっ…」

クレイジーは小さく舌打ちすると、後ろに飛び退ってマルスから逃れようとした。だが、神速を誇る王子がそれを許すはずもない。王子の神剣は流れるような動作で破壊神を追い――ついには切っ先でクレイジーの肩を薙いだ。

「何よこの別嬪(べっぴん)さんは…!!」

だらんと垂れた肩から鮮血がほとばしるのも構わず、クレイジーは悪態を吐いた。痛みを感じている様子は微塵もない。マルスはそのクレイジーの様子を不思議そうに見つめた。

「確かに僕の攻撃は直撃しているはずなのだが…何故平気なんだい」

「アタシが!神だからよ!」

クレイジーが叫んだ。その調子から彼女が酷く苛立っていることが分かった。

「なのにアンタらときたら、あとからあとから湧いて出てきて邪魔ばかりして…壊してやる!皆壊してやる!!」

発狂しかねないテンションで叫ぶクレイジーに、若干気押されるメンバーだが、戦闘準備はばっちりである。一方クレイジーは、ところどころにご飯粒が残った服から微かに湯気を立ち上らせ、また肩からは尋常でない量の血を流している。
クレイジーも叫んだはいいが、現在の自分の状況を考え直したのか、幾分声のトーンを落として続けた。

「…でも、アタシもアンタらを甘く見過ぎてたみたい。今日は準備不足だったわ。また日を改めて、お邪魔しちゃうから」

整った顔に残忍な笑みを浮かべ、クレイジーはマルスにウインクしてみせた。一方のマルスは軽く肩をすくめる。眉目秀麗な王子は、優雅な動きで髪をすくった。

「貴方のような美しい方が敵だとは酷く心苦しい。僕のこの剣は、美しき女性を傷付ける為にあるものではないというのに」

「安心なさいよ。今度アタシが来るときは、アンタの剣なんか当たりゃしないんだから」

「おやおや、それは困った」

くつくつとマルスが笑う。クレイジーも同様に笑った。二人とも恐ろしく感情のこもらない笑いだった。

ふと、部屋全体にクレイジーが来た時と同じような巨大な魔法陣が現れた。
クレイジーが逃げるつもりなのだ。
クッパは慌てて後を追おうとしたが、リンクと子供リンクに止められて不服そうに唸った。

「何故止める?今なら奴を倒すことが出来るではないか」

「確かにクレイジーは弱ってるよ。でも、奴は絶対何か隠し球をもってる」

「私も少し魔道をかじってるので分かりますが…彼女は…アレは…やばすぎます。それこそ、アレがその気になれば…」

クレイジーがその気になればどうなるのか、ついには分からずじまいだった。その時一際強い風が室内に吹き乱れ、リンクが口を閉ざしてしまったからだ。
その風が止むと、クレイジーの姿も魔法陣も、全て跡形もなく消えていた。



「無事かい?」

短く、端的にマルスが問う。先程クレイジーから攻撃を受けた子供リンクもクッパも、大したことはないようでケロリとして頷いた。

「アレがクレイジーか…僕らはなかなか大変な相手を敵に回したものだ」

感慨深げにマルスが呟く。しかしその言葉にクッパがいち早く反応した。

「何故そんなにクレイジーを警戒する?我輩たちがあんなに押していたではないか!」

クッパが耐えきれないと言うようにマルスに食ってかかった。マルスは呆れたように肩をすくめた。

「分かっていないな、君は。感じなかったのかい?…あの地の底から沸き上がるような殺気の禍々しさを?」

「そんな抽象的なものは我輩には分からん!」

「む…」

思わずクッパの語気に圧されてマルスが黙る。しかし気を取り直したのか、小さく息を吐くと、細く白いその人差し指をすっと立てた。

「貴方は魔王だから、そのような相手と対峙したことがなくて分からないのかもしれない。だが、クレイジーは例えるならば、まさしく魔王と呼ぶにふさわしい…いや、それ以上の力を持っている」

「それがどうしたというのだ。英雄とも呼ばれたお前らが、神という名に恐れをなすのか?」

「そうです」

唐突にリンクが口を挟んだ。クッパは勿論のこと、マルスまでもが驚きに満ちた表情で緑の勇者を見つめた。一方のリンクは、誰が聞いているのかいないのかも意に介さない様子で呟くように続けた。

「神と人との間には、絶対に越えられない壁があります。マルスのいうクレイジーの持つ力とはまさにそれ。私達がどうあがこうとも、その差は埋められるはずもなく――無から有が生まれないように…死者が生者に還ることがないように――望みなき戦いに可能性は存在しない…それがこの世界の真理です」

リンクの辛辣な言葉に一同は黙り込む。

「勇気と無謀は違うのです…破壊神は、怖れて然るべき相手であります」

最後にリンクは、こう締めくくった。

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