表裏一体
*5
どうする?
どうすればいい?
不安そうなネスの手前、「なんとかする」だなんて言ってしまったが、自分に何か当てがあるわけではない。
認めたくはないが、クレイジーはとても今の僕が敵うような相手じゃない。誰か仲間がいれば…誰か助けに来てくれれば…!
「ッらぁぁぁ!!」
子供リンクは気合いを込めて一撃を放つが、如何せんリーチに差がありすぎる。クレイジーはその剣が届く前に再び魔法弾を飛ばした。子供リンクはそれに直撃し、もんどりうって床を転がった。クレイジーは子供リンクが起き上がって来ないのを見ると、自分から彼の元に駆け寄った。
「ぬるい…ぬるいわぁ!!もっとアタシを!楽しませてよねッ!」
高く掲げたその腕に、緑色に輝く眩い光の珠を握り締め、次の瞬間には子供リンクに向けてそれを勢いよく振り下ろした。ネスが思わず悲鳴を上げるが、子供リンクは間一髪で起き上がってその攻撃を避けると、すかさずクレイジーに回転斬りを見舞った。
「そうこなくっちゃ…ね!」
難なくその回転斬りをかわしながらクレイジーがかたかたと笑う。一方の子供リンクは、既に息も荒く、足取りはおぼつかなかった。
ふと状況を眺めているしかなかったネスは、その子供リンクの異変に気付いた。
――風邪のせいで動きが鈍ってる――?
確かに激しい戦闘で体力を消耗したのだろうが、それでも普段の彼はだいぶタフだ。持久力はメンバー随一である(丸三日間寝ずにダンジョンを制覇しまくるような体力をもっている)。その彼が、こんなにも荒く息をするところなどネスは初めて見たのだった。
彼の僅かな変化にクレイジーも気付いたようで、意地悪くその整った顔を歪ませて嘲笑を作った。
「やっぱりあの雨には手を焼いてるのね」
「な…に」
子供リンクが顔を上げる。クレイジーはますます口の端を吊り上げて続けた。
「あの雨も、その前の赤い雨も、全部アタシが降らせたの。アタシにとっちゃ訳ないことだけど、弱いアンタらには効果大ありだったみたい」
「…ッ!」
クレイジーが話す間にも、子供リンクは床に膝を付き、苦しげな呼吸を見せる。クレイジーはその場で満足げに左右に両腕を広げて、その手のひらに暗い紫の魔法弾の珠を溜めた。そして子供リンクを見下ろして呟く。
「残念だわぁ…アンタ、なかなかいい線いってたのに」
部屋の中の光が、一際強くなった。
なんてことだ!
子リンは一人であのクレイジーと戦っているというのに、僕は守られるばかりだなんて。
確かに子リンは「なんとかする」と言った。僕もその言葉を心強く思った。
でも、この調子で行けば子リンがクレイジーに殺されてしまう!
クレイジーの魔力のせいで、屋敷全体に妙な地響きが鳴っている。
地響き?地響きが鳴るものなのか?
きっとそれほどとんでもない魔力に違いない!
僕が、僕が彼を助けなければ!!
しかし思いとは裏腹に僕の身体は一向に動こうとはしない。
お願いだ。
動いてくれ。
動け!
動け!
動け!!
そうして訪れた運命の瞬間、辺りに凄絶な爆音のようなものが響き渡った。
何故我輩はこんなことをしている?
クッパは台所で作ったお粥を運びながら思った。魔王たる自分が子供の世話とは、全くもってお笑い草だ。
だが何となくほっとけない。そう思ったのも事実だ。それこそ魔王たる自分のことだ、一度決めたことを揺るがす訳にもいかない。
そんなことを考えながらクッパが子供二人の部屋の前の廊下に来ると、部屋からどすんばたんと騒音が聞こえる。時々誰かが叫ぶような声まで聞こえた。クッパは眉をひそめる。
「あいつら…おとなしくしてろと言ったではないか」
口に出して悪態を吐くも、騒音は一向に止む気配をみせない。クッパは意を決して、どたどたと床を踏み鳴らしながら部屋の前まで歩み寄った。その時屋敷全体が地震のように震え、地響きが鳴った。そうして片手にお粥を持ち、もう片方の手でクッパは扉の取っ手を握った。
彼は子供を叱る意味合いで叫ぶのと同時に、勢いよく扉を開けたのだった。
「お前らァ!おとなしくしてろって言っただろうが!!」
「うぎゃあぁぁぁ!?」
クッパの怒声とほぼ重なる形でクレイジーの悲鳴が響いた。驚いたようにクッパが声の主を見やる。そこには、クッパが勢いよく開いた扉に見事潰され身動きの取れなくなった、哀れな破壊神の姿があった。
一瞬部屋の時が止まる。子供リンクもネスも、一時は死を覚悟したものだが、何が起きたか分からず唐突に訪れた救いに呆然としていた。
要するに、クレイジーは最大まで魔力を溜めておきながら、不幸にも出入口に立っていた為にその威力を見せることなく、クッパ(の開いた扉と壁)に押し潰されたのだ。
「何だこれは」
クッパが呆然とした様子で呟く。子供リンクははっと我に返るとクレイジーを指差して叫んだ。
「クッパさん!ソイツ、クレイジー…破壊神だよ!」
「ソイツだなんて失れ…ぁ熱ゥゥゥ!!お粥こぼれてるこぼれてる!」
再びクレイジーの悲鳴が上がる。む、とクッパが唸ってクレイジーを見ると、扉と壁に挟まれて身動きの取れないクレイジーの頭にクッパのお手製お粥がぼたぼたとこぼれていた。
「何なのよぉ!せっかく来てやったのに…痛い思いはするし、服は汚れるし…最ッ低よ!!」
「何…ッ?!」
怒り狂ったように怒鳴り散らすクレイジーは、その細身からは想像も出来ないような力でクッパの押さえていた扉を押し戻すと同時にクッパを壁際まで蹴り飛ばし、先程発動しきれなかった魔法弾を再び腕に溜めた。蹴り飛ばされた拍子に、クッパの作ったお粥は派手に宙を舞った。
それが床に落下する直前、クレイジーは大声で叫んだ。
「怒ったわよ…!!塵一つ残さず消してやぁ熱ゥゥゥ!!?」
本日何度目になるのか、再びクレイジーの悲鳴が上がった。
[ 6/37 ][*prev] [next#]
[←main]