表裏一体
*4
「珍しくはしゃいでるよね、あの二人」
ルイージがそんなクッパの様子を察してか、彼に話しかけた。ふむ、と亀魔王も頷く。
「妙にませたガキ共だからな…だがあのようにはしゃぐ様は我輩の子供を思い出す」
「…そういえば君、子持ちだったね…」
クッパが完全に親バカモードで呟くのをルイージは苦笑して受け流した。が、そんな親の心境なクッパの顔に突如驚愕の色が浮かんだ。
「どうした!?」
クッパは慌てて外へ出ていって、ネスと子供リンクの側に駆け寄る。マリオとルイージが驚いたようにそちらを見やると、ネスが倒れている。子供リンクはその隣で動揺した様子でネスとクッパを交互に見つめていた。
「どうしよう…ネスが…ネスが」
「馬鹿ガキが!」
子供リンクの言葉にクッパが怒鳴った。子供リンクも倒れたネスも、同様に身を縮めた。
「雨の中走り回れば風邪を引くに決まっているだろう」
「ごめんなさい…」
しおらしくネスが謝る。クッパはまだ何か言いたそうだったが、黙ってその手をネスの額に当てた。
「ひどい熱だ。いつから調子が悪いんだ、小僧」
「今…突然」
「…?」
怪訝そうにクッパがネスを睨み返す。しかしそれも一瞬のことで、クッパは子供リンクの額にも手を当てた。そして驚いたように叫ぶ。
「お前もひどい熱だぞ!何でそんなケロッとしてる?!」
「へ…?タルミナにいたときはもっと酷い時にも動いてたから…」
「なんつーガキだ!」
一言悪態を吐くと、クッパは子供二人を抱えて大浴場に直行した。雨に濡れた二人を湯船に浸からせ、髪もきれいに乾かしてから暖かいベッドへと連れていく。不釣り合いなまでに、その手際には無駄がなく、素早い動きだった。
その一部始終を眺めていたマリオ(とルイージ)は、一言尋ねた。
「俺はやってくれないのか?」
「ふざけろ」
「兄さん恥ずかしいよ」
宿敵にマジで鬱陶しそうに見つめられ、実の兄弟にマジで呆れた視線を向けられ、マリオは「軽い冗談なのに…」と口ごもったが、すでに誰も聞いていなかった。
クッパは二人に「おとなしく寝てろ」とだけ言い残すと、キッチンへ小走りに駆けていった。その後ろ姿を見届けた子供リンクとネスは、顔を見合わせるとクスリと笑った。
「ママみたい」
「面倒見がいいんだね」
ネスの子供らしい率直な感想に、子供リンクは解説を加える。しかし普段らしからぬ言葉を紡ぐネスに不安を覚えた子供リンクは、心配そうにネスを覗き込んだ。
「本当に、大丈夫?」
「子リンも同じ症状のはずだろう?」
「あ…そうか。いやでも僕は慣れてるし」
「君…早く死ぬタイプだな」
ようやくいつもの調子を取り戻したような会話のテンポでネスが答える。子供リンクは少なからず安堵した。
しばらく訪れた沈黙を破り、ネスが呟いた。
「軽率だったよ」
「…返す言葉もないね…」
「この大変な時期に、皆の手を煩わせてしまうなんて…僕は馬鹿だ」
「…それにしても」
会話の流れを変える接続詞に、ネスは怪訝そうに子供リンクを見た。子供リンクは構わず続けた。
「明らかに変だ。確かに僕たちは外で走り回ってたけど、時間にすれば10分も経ってないはずだ。そんな短い間に倒れる程体調が悪くなるものかな」
「…確かに」
ネスが考え込むように黙る。子供リンクはさらに言った。
「恐らくあの雨も、見た目は何の変哲もないけど、クレイジーの魔力が及んでいたんじゃないかな」
「それは…あり得る」
ネスが遅れて同意を示した。子供リンクがネスの言葉を待ってしばし黙ると、ネスはほとんど独り言のように喋り始めた。
「そうだ…クレイジーが、世界を滅ぼす次の段階として雨に新しく魔術を施したと考えれば…でも…いや、そもそも、奴が僕らを巻き込んで戦う理由は何なんだ…?奴が破壊神だというなら、初めからマスターと戦えばいい話なのに…雨など降らせずに、直接世界を壊せばいい…何故こんな回りくどいことをする?」
「…まさか…!そんなことが…」
ネスが言わんとすることを察した子供リンクが悲鳴に近い声を漏らす。しかしネスはその視線を受けて神妙に頷いた。
が、ネスが次の言葉を紡ぐまえに地響きが起こった。子供リンクとネスが身を固くして辺りを警戒していると、突如として部屋の床一面に巨大な魔法陣が現れ、その中心から何者かが浮き上がってきた。中性的な雰囲気を持つその何者かは、全容を現すとともに不敵な笑みを浮かべると、しっとりとした低い声で呟いた。
「やはりあの毒雨には手を焼いているようねぇ…さしものマスターも、こんな餓鬼を使わなきゃなんないなんて、堕ちるとこまで堕ちたわ」
「貴様、何者だ!?」
子供リンクが壁に立掛けてあった剣と盾を構えて叫んだ。動けないネスをかばうように立った子供リンクは、しかし相手の魔力の異常な大きさに内心驚きを隠せないでいた。
その者は薄い金の長髪に銀の瞳を持ち、肌は病的に白く、中性的な肉体にかろうじて見える凹凸でやっと性別が判断できる。彼女は子供リンクの言葉に小さく笑いを漏らすと、そのか細い指を自分の顔の前ですっと立ててみせた。
「貴様、だなんてご挨拶だわぁ…この世界の神たる存在、クレイジーに向かってね」
「……ッ!!」
子供リンクが思わず息を飲む。同様にネスが血の気の引いた顔で成り行きを見つめているのを、クレイジーと名乗った金髪の女は楽しそうに見つめていた。
「何しに…来た…?」
ネスが切々に問う。クレイジーはカラカラと笑った。
「決まってるじゃなぁい!アタシがここに来る理由なんて」
けたたましく狂ったように笑うクレイジーに、子供リンクとネスはしばし言葉を失って呆然と立ち尽くした。クレイジーは二人に構わず狂気に満ちた様子で続けた。
「忌々しい」
手に魔力を込め。
「あの創造神の創った世界を」
その波動で金の髪を揺らし、一歩一歩子供リンクとネスに近付き。
「ぶっ壊す為よ」
その言葉を終えると同時に、手に溜めた魔法弾を子供リンクに向けて放つ。あまりに雑作のない動作だった為に、また後ろにネスがいた為に、子供リンクは避けることが出来ずに壁まで吹き飛ばされて勢いよく跳ね返った。
「か…ッ!」
息が詰まって悲鳴もろくに上げずに子供リンクが床に膝を付く。しかし子供リンクは、再び剣と盾を構え直すと次の襲撃に備えた。その様子にネスは耐え切れずに叫んだ。
「子リン、逃げて!」
その声を聞いた子供リンクは、しかし微かに笑みを見せると首を横に振った。
「僕が…なんとかするよ」
そう言って、小さな勇者は駆け出した。
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